傑作。いつもであれば一冊ずつ取り上げるのですが、『その肩を抱く覚悟』が第4話から始まること、そしてほぼ長編といえる『その肩』の第5話は、『明神凛音は間違えない』の続きであればこそ愉しめるという構成であることから、ここでは分冊と見なし、一記事にまとめて感想を書いてみます。
『明神凛音は間違えない』の収録作は、指環盗難を巡るチッポケな事件に、天啓めく娘ッ子の真相開示を逆巻きに辿ってボーイが推理してみせるという、本シリーズ基本の趣向をシンプルに魅せる「澄ちゃんさんと女子の証明」、机に罵詈雑言の落書きをした犯人を一瞬で指摘した娘ッ子の推理を精緻なロジックで敷衍する「チビギャルさんと乙女の逆鱗」、体育倉庫からの脱出というハウダニットの裏に隠されたあることの真相が、苦い結末と本シリーズの陥穽を突く「カマトト先輩と囚われた体育倉庫」の全三話。
『その肩を抱く覚悟』は、チビギャルに向けられたカンニング疑惑を晴らす展開に、ボーイの恐るべき宿敵・虚構の怪物を登場させて、物語をクライマックスへと持っていく「地雷さんとドアの向こう」、第4話までのエピソードを伏線として、女子棟に忍び込んだ男のフーダニットで宿敵と探偵との激烈な攻防を描きだした大傑作「一年七組とたった一人の正義者」を収録。
正直に言うと、『明神凛音は間違えない』は普通によくできたミステリ。まず娘っ子が「自明の理です!」と事件の犯人を喝破するも、それが当てずっぽうなのか真相なのかが判らない。そこでそばにいるボーイが「彼女の推理」を推理して、娘ッ子が正しいことを証明してめでたしメデタシというお話が続きます。
「澄ちゃんさんと女子の証明」の事件は、指環消失事件で、誰が盗んだのか、というところをまず娘ッ子がバッサリ言い当てるも、その背景とロジックが完全にすっぽ抜けているので、実地調査を兼ねて二人が「犯行現場」を訪れる。そこでのささやかな気づきを伏線としてこの事件は解決するのですが、ここで二人が陥ったある状況が、『その肩を抱く覚悟』の「一年七組とたった一人の正義者」で推理を完成させる最後のワンピースになっている趣向が素晴らしい。
「チビギャルさんと乙女の逆鱗」は、娘っ子の机の落書き犯を一瞬で喝破した彼女の直感めく言動と行動を緻密に分解して、一人、また一人と消去法で迫っていき、あらゆる仮定を潰していく丁寧なロジックが秀逸。消去法のフーダニットも見事ながら、やはり本シリーズで際だっているのは、あらゆる仮定を次々と潰していくロジックの見せ方でしょう。
「カマトト先輩と囚われた体育倉庫」では、それに加えて、密室のハウダニットまでを添えた逸品で、ここではちょっとエロい状況に陥った直感娘の脳内推理の限界が明かされ、それがまた陥穽となりうることを暗示した幕引きに注目でしょうか。
物語は『その肩を抱く覚悟』へと進み、ここからが本シリーズの本番でしょう。「地雷さんとドアの向こう」はカンニング疑惑を向けられたチビギャルの危機一髪を、娘っ子の自明の理とボーイのロジックによって救い出す話。ここでは娘っ子の内なる探偵の「事件が始まる前に犯人を推理」しているところがポイントで、カンペが発覚する前の行動と周囲の事象を解きほぐして、人物の行動を細やかに分析していく手際が素晴らしい。そして事件が解決したあとに宿敵・虚構の怪物がいよいよ登場し、続く「一年七組とたった一人の正義者」では探偵と宿敵との対決が大展開。本シリーズの一番の見せ所がココでしょう。
臨海学校の夜、女子棟に忍び込んだ男子を特定される物語ながら、主人公もここでのフーダニットの眼目となる人物と同様、宿敵の挑戦を受けて女子棟に行っており、彼が見聞きした現場の状況と、直感娘が見聞きした状況とを付き合わせていくものの、二人は宿敵・虚構の怪物が仕掛けた罠に嵌まってしまう。娘っ子は生徒たちにいじられた挙げ句、一念発起した探偵は様々な気づきを集約させて、宿敵とのロジック対決に挑むのだが――という話。
この話の凄いところは、「この場にいる36人のうち、実に35人が、何らかの嘘をついている」という状況において、その嘘を一つずつ暴きたて、「推理が虚構に道を敷き、真実へと導く」ことを信じて前へ、前へと突き進む探偵の行動をスリリングな対決劇へと昇華させた構成でしょう。
すべての嘘を暴きたてたところがようやく真相開示のスタート地点で、そこから虚構の怪物の主張を覆していく趣向の面白さは『蒼海館の殺人』と並び、この見せ方だけでも、『その肩を抱く覚悟』は本年度のベスト級ともいえる仕上がりなのですが、推理の後半にはダメ押しとばかりに、ボーイの証言と行動を手掛かりに、見事に成長した娘ッ子が推理を披露してみせ、さらには暗号解読まで展開してみせるというゴージャスぶりがタマらない。さらにさらに、娘ッ子が真相へと至る最後の一歩に、「澄ちゃんさんと女子の証明」での二人の行為を伏線として、虚構の怪物に痛烈な一撃を加えるところはもう最高。
正直、物語としては完全にヤング向けだし、自分のようなロートルがあれこれ言う資格もないのですが、若人のラブアフェアがいささか鬱陶しいと感じながらも、「一年七組とたった一人の正義者」における猛烈なロジックと「この場にいる36人のうち、実に35人が、何らかの嘘をついている」状況から推理のみで真相へと辿り着く展開は読まなきゃ損、と確信できるほどの仕上がりゆえ、『明神凛音は間違えない』は普通だなァ……と感じた御仁も、騙されたと思って『その肩を抱く覚悟』まで読み進めることを強くオススメ致します。今年度の必読の一冊。