これは何とも気持ち悪くてキモチイイ短編集。論理を突き詰めた極北に狂気があるという、――いわゆる小林式ホラーのド直球で、堪能しました。
収録作は、前後に「序章」「終章」をはさんで、幸せすぎる今の生活を振り返ろうとした女が直面する過去の忌まわしい出来事とその背後に蠢く静かな狂気を描いた「幸福の眺望」、潔癖症に過ぎる女がリアルな日本社会の強烈な戯画となって読者の脳天を直撃する「清浄な心象」、左巻きともまた違うキ印教師に煽られた生徒たちが「公平」の奴隷と化す修羅場「公平な情景」、”ご臨終”となった爺が独りよがりな正義を振りかざして社会のゴミ屑どもをバッサバッサと成敗していく暁に待ち受ける反転「正義の場面」。
ワタシってこんなに幸せで良いのかしら、……みたいな静かな狂気にウットリしているヒロインがかなり怖く、ハタからキ印の人を眺めているときの何とも不穏な雰囲気をビンビンに醸し出している「序章」の風格は、さながら牧野修の「電波系」短編集『忌まわしい匣』を彷彿とさせます。
これに続く「幸福な眺望」において、ヒロインは幼少時の記憶を辿っていくのですが、そこで記憶の齟齬に気がつき、……というフウに記憶の揺らぎに着目して読者をおぞましい世界へと引きずり込んでいく小林式ホラーの技法は本作にも健在です。やがて自らの記憶の齟齬に気がついたヒロインは、その理由に思い至り、ある人物と対峙することになるのですが、この対立は「終章」までおあずけ。
続く「清浄な心象」も、曖昧さを許さない極端ぶりが狂気へと弾けていく過程がおぞけを誘う一編で、ここでは潔癖症に過ぎる女の激しい狂気が描かれているのですが、小説とはいえその突飛さはいまの日本の社会にも蔓延している空気に違いなく、このあたりの皮肉な筆致とユーモアが怖さへ転じる展開が秀逸です。
「公平な情景」は、「公平」を極端に奉じるあまりおかしなことになってしまったキ印先生の屁理屈ロジックが最高にイイ。とくにこの中で語られるタイタニックの逸話は明らかにヘンで、こんな教師の狂気に付き合わされることになった生徒がおかしなことになっていくのはもう必然、「公平」に殉ずることになる主人公の奈落と、そこに至るまでのロジカルな会話の捻れ具合は本格ミステリ読みであればかなり愉しめるのではないでしょうか。
ロジックの愉悦を満喫できるのが「公平な情景」だとすれば、「正義の場面」は後半のある転倒に本格ミステリマニアであればニヤリとしてしまう逸品です。”ご臨終”となってしまった爺が町にフワリフワリと繰り出して、自らの正義感によってワルどもを成敗していく、――とあれば痛快さを感じる風格になるのは必然ながら、小林小説ならではのひねくれた仕掛けが最後に爆発。特にこの仕掛けがさらりと明かされたあとの最後のシーンには苦笑してしまいました。
「救出の幻影」もまた曖昧な記憶に依拠した物語ながら、そこに流れていくまでの展開が素敵です。父親が見つけた子供のノート。そこに書かれていたおぞましい内容の正体を突き詰めていくうちに自らが狂気のワンダランドへと誘われるという結末はこれまた期待通りのオチで決めてくれます。
そうして「家族」の物語が終わったあと、シーンは再び「序章」へと戻り、ついにヒロインがある人物と「対決」することになるのですが、これまた最後に飛びっきりの仕掛けが用意されています。何となーくこの結末、楳図センセの某長編を彷彿とさせる仕上がりなのですが、そういえば「救出の幻影」にも楳図センセの香りがプンプンするような……。
『脳髄工場』や『忌憶』など角川ホラー文庫の読者であれば、本作の曖昧な記憶が狂気の世界へと流れていく極上の展開や、極端なロジックが狂気を爆発させる趣向など愉しめること請け合いという逸品です。狂気のロジックという点では、「公平な情景」 だけでも本格ミステリファンには一読の価値アリ、ではないでしょうか。