何故に今さら半村良かというと、Reader™ Storeで最近のミステリを物色してもこれといったものが見つからなかったからで、だったら好きな作家で読み逃していたものとか、ミステリじゃないけど最近刊行されたものとかないだろうか、と探して見つけた一冊が本作でした。半村良は中学時代にハマって以来、角川文庫で出ているものはほぼすべて読んではいるものの、本作の版元は祥伝社。知らないわけです。
伝説シリーズといっても『黄金伝説』などの代表作には遠く及ばず、一応、道鏡に絡めた伝奇ネタを絡めてあるものの、その作風は人情ものといったほうが相応しく、上下巻あるなかでの前半は道鏡のドの字も出てこない、――とは言わないまでも、シーンのほとんどは新宿でつましく暮らしている市井の四人衆を描いたもので、そこに謎めいた絶世の美女が登場してから物語は動き出します。
この美女というのが桁外れの大金持ちで、そのバックには、――というあたりに半村ワールドで定番の陰謀論が下地にあったりするわけですが、伝説シリーズならではの伝奇ネタはというと、この謎の美女を愉しませようと、四人のうちの一人のご先祖様を無理矢理道鏡の血筋に絡めた挙げ句、道鏡の隠し財宝を探しだそうぜイ、という大ボラをでっち上げるという嘘部風味。四人衆が謎の美女と穴兄弟になってから、後半はテンポよく進んでいきます。
ちなみに上巻は絶世の美女との昭和テイスト溢れるエロシーンに結構なページがさかれていて、かなり愉しませてくれるのですが、『ハ行ドラマ』とかの独特な昭和表現に今ドキのヤングはおそらくついてはこれないのではないでしょうか。参考までに『ハ行ドラマ』という言葉が出てくるシーンの一部を引用するとこんなかんじ。
ハ行ドラマの開幕である。喘ぐ呼吸がハの字なら、硬くのけぞるヒの音に、フーというのは甘い息。あとは一気に入り乱れ、からみついたり抱きしめたり。
後半の道鏡ネタでは嘘から出た実という言葉通りにアッサリと財宝が見つかるも、これが最後までまったく陰謀と関わりなく物語がどしどし進んでいくので、いったいどうなっているのかと思っていると、最後の最後に何とも皮肉な絡みが明かされます。『軍歌の響き』に姿勢の人たちが抵抗をしてみせる後半の駆け足ぶりなど、これまた半村小説らしい憎めない欠点を持っているところや、意外なところで半村ワールドではお馴染みの宇佐説が登場したりと、ファンであれば、代表作に見られたモチーフの欠片を見つけて色々と愉しめるのではないでしょうか。