非実在探偵小説研究会 ~Airmys~ 3号

積読箱の中から無作為に取り出して読んでるので、感想を仕上げるのが刊行順に並んでいないためかなり奇妙なことになっています(苦笑)。今日は、結構前にエアミス研の方からオススメされて購入した『非実在探偵小説研究会 ~Airmys~ 3号』の感想を簡単ながら。

収録作は、異世界の設定ならではのアリバイトリックに”探偵”小説ならではの趣向を凝らした傑作、麻里邑圭人「首切りパズル」、シンプルな倒叙ものに擬態しながら騙りの仕掛けに注力した好編、二丁「五の悲劇」、飛び降り死体の消失をオーソドックスな謎解きで手堅くまとめた桜居志連「フォールバニッシュ」、サーカス団で発生した残酷劇を静かな狂気も交えて描き出したこれまた傑作、佐倉丸春「潜入者」、孤島での殺人がねじれたメタミステリへと転じた暁に読者の脳を溶解させる怪作、リレー小説「羊毛亭の殺人」ほか、飛鳥部勝則全短編レビュー、二〇一一年エアミス研ミステリランキングといった企画もの。

麻里邑圭人の「首切りパズル」は、宇宙人が普通に暮らしている未来の地球が舞台という、異世界での殺人事件、――といえば、コロシの舞台は宇宙ステーションか何かといった未来的な装飾をイメージしてしまうのですが、ここでは食堂車を完備した寝台列車という昭和昭和した舞台装置とのギャップがミソ。もちろんこうしたレトロ風味溢れる意匠がこの異世界ならではの設定を活かしたトリックを隠蔽するための効果もあげているのですが、この意想外なアリバイトリック以上に、推理の気づきとなるある人物の台詞と、エピローグで明らかにされる本編の”探偵”小説としてのたくらみの重なりが素晴らしい。

ある人物の台詞が真犯人を指摘する重大な証拠となっているという、ミステリでの定石がエピローグで変奏され、語り手の正体が明かされるという趣向はもろ好み。しかしこのエピローグの真相は、いうなれば本作が『銀河探偵・裏』とでもいうべき物語であることを宣言しているともいえるわけで、是非とも”表”となる本編を読んでみたいものです(というか、もしかして次作はこれだったりして?)。傑作でしょう。

二丁「五の悲劇」は、ある特殊な人称を交えた語りから、よくあるアレもんかな、と眉に唾をつけて読み始めたのですが、最後の最後でこの語りの仕掛けがまったく違うたくらみを持っていたことが明かされるという趣向がいい。オーソドックスな倒叙ものの結構に違和感を交えた語りが、むしろ自分のような疑いを抱かせるための誤導であったことを知ったときには気持ちよく騙された余韻に浸ることしばし。

本作でも「風が吹いたら」で見事なエロジックを披露した二丁式ならではの、読む者の生理を逆なでするおぞけを交えたディテールが秀逸で、ニンニク臭い息を吐き散らす男とのキスシーンは、『サークルの忘年会で、憧れのヒロインが使った紙ナプキンを部屋に持ってかえってクンクンしたことがある』『皆が退社したあと、憧れのマドンナがいつも使っているパソコンのキーボードをくり抜いてハムスターみたいに口ン中にモグモグ頬張ったことがある』なんていう変態君であれば満足できること請け合いです。

桜居志連「フォールバニッシュ」は、「ロスト・ネーム」の続編ともいうべき話で、飛び降り自殺を計った人物の死体消失という謎に、昭和風味のするトリックも交えて寸止め推理を披露した一編です。ミステリとしての謎解きを、探偵行為を行うものとその真相を受け入れるものとの繊細な関係を強調するために用いる趣向は前作にも共通するものながら、個人的には悲哀の伴う真相が際立っていた前作の方が好みでしょうか。

佐倉丸春「潜入者」は、「首切りパズル」と並ぶお気に入りで、サーカス団で発生した猟奇殺人といった意匠が、横溝というよりは個人的には蘭郁二郎を彷彿とさせるのですが、蘭郁二郎が明るい変態ミステリだとすると、こちらはアンファン・テリブルも交えた静かな狂気と、ドラえもんを借りた言葉遊びという作者のマジもんの狂気が炸裂した怪作です。ある人物の属性の反転という定石も添えた事件の構図はもとより、探偵行為の残虐さとアンファン・テリブルを重ねた幕引きが素晴らしい一編です。

「羊毛亭の殺人」は、リレー小説ならではの破天荒な展開ももちろん見物ではあるのですが、中盤までは意外に手堅くまとっているところがやや意外。特に第四章の推理合戦が素晴らしく、この手堅い第四章があるからこそ、次章からの破綻(褒め言葉)が際立つわけで、緻密に見えながらも探偵が抛擲してみせた第四章での終盤の推理を、第五章では引き戻すかたちで継続させるとともに、作中作というメタ的趣向から虚実の交錯を炸裂させていく後半の展開が凄まじい。

一番美味しい後ろから二番目ですでにひとつの真相が提示されたあと、それを強引に過ぎる卓袱台返しで応えてみせた第六章は抱腹絶倒もので、シツこいくらいにレタスが繰り返される形容表現をはじめ、千澤のり子女史も白雪姫の格好で大喜び(意味不明。でも元ネタを知っているひとは判る筈。これですよね?)という、ある人物の雄叫びには爆笑するしかありません。密室講義ならぬアイドル講義で作者の趣味が暴走する展開など、強引なネタばかりに目が行きがちではありますが、ミステリの枠を超えた超絶な陰謀が明かされる伏線として引用されるある人物の台詞など、繊細な気づきが光る謎解きにも注目でしょう。

非実在探偵小説研究会 ~Airmys~ 弐號』が愉しめた方であれば、狂気宿る怪作ともいえるリレー小説がプラスされた本号はそれ以上に爆笑、苦笑とともにミステリのアンダーワールドを堪能できる一冊といえるのではないでしょうか。オススメです。