やぶれさる探偵、君島シリーズの第三弾。やぶれさると言っても、たとえば『檻の中の少女』ではサイバーものでありながらまだ探偵vs犯人という対立軸の中に落ち着いていたのが、本作では肥大化したサイバー『システム』とそれとともに伸張していく秘密警察的『システム』に苦い敗北を喫するという趣向が何とも重く、暗い。
そういう意味では、本作の主人公は事件を追う探偵というよりは、いっこうに全貌が見えてこない殺人幇助システム「ギデス」にあるといってもよく、殺人をゲーム感覚でカジュアルに愉しむという設定を本格ミステリの技巧に重ねている点では『密室殺人ゲーム』に通じるものがあるとはいえ、本作では本格ミステリが物語の核に据えるべき犯人の表情がいっこうに見えてこないという点で大きく異なります。またこの「ギデス」によって遂行される事件の展開にしても、中盤で一つの事件がノンフィクション風にさらりとまとめられているのみで、犯行を行う人間の顔が分からないままという不気味さがかなり怖い。
本格ミステリ的技巧によって描かれる事件を演じる主体が不在であるという点では、探偵君島をはじめ、「ギデス」の秘密に触れた娘ッ子が巻き込まれることになる横領事件の関係者たちも舞台の外でシナリオを演じているに過ぎません。物語を読み進めていくうちに明かされていくそうした中心人物の不在は、最後の最後で本作のある趣向に沿ったものであることが明かされるのですが、この不在と探偵の敗北によって残されたものは、人間の悪意だけであるという幕引きは何とも重い。
もっとも本作にはアナザーストーリーが用意されてい、それを読者が体験することでこの不在を埋めるという見せ方ながら、本格ミステリにおける事件には必ず存在するドラマとそれを演じる主体の不在という本作の徹底して虚無的な風格は、これはこれで異色作として評価したいところであります。
ネットの知識に関しては現在進行形の知見を大々的に取り入れているところが本シリーズの見所ながら、そうしたリアルなディテールの積み重ねによって、もしかしたら自分のようなパンピーもある日突然、ネットの悪意に襲われるカモよ?という提示はほとんどホラー。ドラマを演じるものの不在によってあえて舞台の輪郭のみを描きだした異色な結構ゆえ、本格ミステリーとしての風格は薄く、自分は上にも書いたような感覚からむしろ社会派ミステリ云々よりもホラーとして読んでしまったのですが、本作でおっと思ったのは、やや物語の展開が孕む重さとは離れたところで唐突に挿入されるエロミスっぽいシーンでありまして、そのあたりを少しだけ引用するとこんなかんじ。
「あ、あの、タバコを吹きかけてもらえますか?」
薫は沈黙に耐えられなくなって口を開いた。紫煙をくゆらせている君島を見つめる。
「え?」
君島は何を言われたのかよくわからなかった。
「あ、あたし、酔っぱらってるのかな? ごめんなさい。おかしなこと言いました。気にしないでください」
……
君島は恐縮してあとずさりする薫にふっと紫煙を吹きかけた。薫は軽く目を閉じて煙を顔で受け止めた。まるで、恋人のキスを待っているような顔つきだな、と君島は思った。
「もっとやる? タバコ吸いたいんじゃないの?」
「あっ、いえっ、違うんです。タバコの煙を吹きかけられるのが好きなんです」
「変わってるね。なんで?」
「なんかこう、ぞんざいじゃないですか。オレはお前をぞんざいに扱うけど、それはぞんざいに扱ってもお前は大丈夫だからだ、わかってるよな、なんて言われるような気がするんです。だから、タバコだけじゃなくって、男の人にぞんざいに扱われるときゅっとなるんです」
おそらくこの娘っ子はかなりマゾの素質アリと推察されるものの、エロミスマニアとしては、宮坂絵美里みたいなイイ女にツバを吐きかけられるならともかく、タバコの煙をプーッと吐きかけるだけという間接プレイは実をいうとかなりハイレベル。莨が嫌いな自分にはいっこうに響かないプレイではありますが、ヤニ臭い女、大好き!なんていう変態君であれば本作が新たな性嗜好に目覚めるきっかけになるかもしれません。
扱われている素材と主人公の探偵を取り巻く周囲の変質によって、前二作とはやや趣を異にする本作、――しかしながらネット世界のリアルな知見を精力的に取り込んだ風格は作者のファンであれば楽しめるのではないでしょうか。オススメでしょう。
[02/27/2013:追記]「ギデス」を「ミトラス」と誤記していたことに気がついたので、慌てて修正(大汗)。