ノックス・マシン / 法月 綸太郎

ノックス・マシン / 法月 綸太郎眼の不調期と持病の頭痛が重なったので、ついつい更新をサボってしまいました(汗)。ミステリネタを投入したSF、――というのにはミステリ愛の成分がいささか強すぎる本作、しかしその過剰な偏愛ぶりがミステリ側の人間にはまことに心地よいという一冊でありました(ただし「バベルの牢獄」は除く)。

収録作は、ノックスの例のアレから誰でも思い浮かぶであろう中国人ネタにSF的奇想を強引に結びつけたトンデモ「ノックス・マシン」、虚構が入り乱れてクリスティの例の事件の裏舞台にこれまたトンデモな奇想をブチまけながらも綺麗な着地を見せる「引き立て役倶楽部の陰謀」、難解用語の猛襲にミステリ読みの頭を真空状態にしてしまう「バベルの牢獄」、クイーンのミステリでは定番のアレをネタにこれまたSF的奇想を開陳しながらもどこか不思議な哀愁が感じられる傑作「論理蒸発――ノックス・マシン2」の全四篇。

いずれもSF的な仕上がりながら、そのネタはコテコテの本格ミステリというところがかなり異色で、本作の風格を存分に愉しむことができるのは、おそらく海外SFなどにも相当に明るくて、かつ古典・現代の本格ミステリにも造詣が深いマニアに違いなく、――そうした意味ではかなり読者が限られるのではないかと推察されるものの、海外SFなんてほとんど読まないし、SFマニアの人ってとにかく怖くて恐れ多くて近づきがたいというボンクラのミステリ読みの自分でもニヤニヤと愉しめたので、それほど肩肘張らずに、コ難しいジャーゴンは軽くスルーして読み進めれば没問題。

冒頭を飾る「ノックス・マシン」は何だか難解なSF用語がズラリズラリと並べられているものの、要するにノックスのアレにある中国人のアレで遊んでみましたという抱腹絶倒の一篇です。タイムトラベルとパラドックスはミステリ読みでも容易に受け入れられるネタながら、本作ではそこにノックスのアレを絡めて中国人を登場させてしまった強引さがキモで、最後の最後、主人公が見事実験を成功させある人物と邂逅するシーンと珍奇さには含み笑いが止まりませんでした。そしてその登場シーンの奇想がまた十戒の別のものとも巧妙な重なりを見せる仕掛けも秀逸です。

「引き立て役倶楽部の陰謀」は、虚実の交錯という芦辺ミステリチックな筋立てながら、法月小説ならではの妙に斜めに構えた陰謀劇が素晴らしい。唐突にコロシが発生するものの、ネタにされたクリスティのあの小説に難癖をつけた所以とともにねじくれたフーダニットが開陳されるところが何とも奇妙。

「バベルの牢獄」だけは、他の収録作に比較すると、ミステリネタは深くなく、『NOVA』に掲載された一篇ということもあってボンクラのミステリ読みには相当にハードというか、ハードすぎてマッタク愉しめませんでした(爆)。ミステリ読みがSFの最前線を知るには格好の一篇なのかもしれませんが、個人的には本編を読んでますます最近のSFに近寄りがたさを感じてしまったのは内緒、――というか、自分のようなボンクラには決して立ち入ることのできない聖域だということはよく判った次第です(苦笑)。

「論理蒸発――ノックス・マシン2」は、「バベルの牢獄」の難解さから一転して、クイーンの小説では定番のアレをネタに据えた痛快な一篇で、ここではSF的奇想にクイーンそのものを徹底的に重ねてみせた趣向が素晴らしい。「ノックス・マシン」に登場した人物が再び登場し、世界の終末を救う英雄ぶりを見せてくれるのですが、ヒロイックに流れすぎて読者に媚びることもなく、世界の危機は誰に知られることもなく終息するという幕引きと、その奇妙な”決別”を後日談的にまとめた余韻もいい。傑作でしょう。

最先端のSFを読みあさっているハードなマニアからすると、本作のミステリネタは、ジャーゴンの鎧をまとった物語世界の夾雑物に感じられるのではと危惧されるものの、ミステリ読みからすると、逆にミステリネタを斜めに構えて活用した趣向があるからこそイイわけで、何とも評価が難しい一冊ながら、個人的にはひねくれた奇想ものとしてニヤニヤできる本作の作風は貴重といえるのではないでしょうか。SF読みの方の感想は不明ながら、コ難しいSF的知見を軽くスルーしながら読み進めても十分に面白いので、ミステリ読みでも尻込みせずに軽い気持ちで突撃してみるのも一興ではないでしょうか。オススメです(ただし、「バベルの牢獄」は除く)。