眼球堂の殺人 ~The Book~ / 周木 律

眼球堂の殺人 ~The Book~  / 周木 律第47回メフィスト賞受賞作、――なんですが、スミマセン。三十二頁に館の見取り図が出てきた瞬間、これからこの館でどんな事件が発生し、そこにはどんなトリックが隠されているのかだいたい見当がついてしまいました(爆)。というか、自分のようなボンクラ読みでもこうなのですから、フツーの本格ミステリマニアであれば、ほとんどの方がコトの真相のおおよそを予見してしまうのではないでしょうか。

もっとも自分の場合、台湾ミステリの傑作である某作を何年も前に読了済みだったということもありますが、――したがって、見取り図が開陳されて以降は、果たして自分がイメージした通りのトリックをブチまけてはいオシマイなのか、仮にあの作品と同じ趣向であれば、伏線の妙やロジックの切れを比較してどうなのか、はたまた想像を超える大トリックを見せつけてくれるのか、……そのあたりに興味津々で頁をめくっていくことにしました。

あらすじはというと、御手洗ヨロシクの天才探偵にちょっとドジっ娘成分の入った娘っ子をワトソン役に据えて、建築奇人のつくりあげた館『眼球堂』に向かうも、そこでバタバタと不可解な人死にがあって、……という話。ジャケ帯に『懐かしく思い出した。本格ミステリィの潔さを』とある通りに、清々しいまでの古典リスペクトの結構ながら、仄かに『十角館』など新本格も意識した新しい風味も感じられる文体が冴えていて、閉鎖空間で人死にとあれば、中盤でどうしてもアリバイだの何だの検証でダレてしまうところも軽妙に読み進めることができるところが現代的。

とはいえ、そうした軽妙な文体にさりげなく夾雑物が紛れ込んでいるところが本作の油断ならないところで、館モンで招待主が奇人とはいえ、「夕食を始めよう」という台詞とともに、「帆立と海老のマリネ、ポタージュスープ、真鯛のポワレ、鴨のコンフィ、そして最後にマンゴーのソルベ」とスノッブな品目を並べながら「食に対するこだわり」を見せつけてくれるあたりに、本格ミステリィならぬダメミスの潔さを感じてしまったのは自分だけではないでしょう。もっとも水流添君の怪作『午前零時の恐怖』のように「ただ今夕食のご用意ができました」と館内アナウンスがしきりに流れて物語の興をそぐようなことはなく、客人たちに供される食事も「特製ラーメン」でないだけナンボかマシで、人死にがあっても「夕食は、意外と豪華」。

各人それぞれに配られる。漆塗りの重箱と飯椀、そして汁椀。重箱の中には、六つの小鉢があり、それぞれに煮物、焼き物、香の物などが丁寧に盛り付けられている。見た目にも美しい松花堂弁当だ。

とリーマン仮説のような難解な専門用語だけでなく、グルメに関しても一角の知見を見せてくれます。また本当にさりげなくなんですが、件のワトソン役の娘っ子が「尿意で一度、眼を覚まし」て、「ベッドから起き上がると、ユニットバスのトイレで用を足す」という放尿シーンを添えて、文三らしいエロミスの風格を備えているところも好印象。

件の館に仕掛けられたトリックの伏線については、あまりにあからさますぎでバレバレであるところから、個人的には『エヘヘ……『十角館』を目指したんだけど、『長い家の殺人』になっちゃいました。相済みません』なんてペロリと舌を出している作者の初々しい笑顔がボンヤリと感じられるという残念な一冊ながら、不思議とダメミスの烙印を押す気持ちにはなれない、いや、むしろこの清々しさを大いに評価したいという思いを強く感じてしまうのはいったいどうしたことなのかと(爆)。

思うに、本作はまずキャラありきで構築された雰囲気が濃厚であり、御手洗の生き霊が憑依したのではと思われる、本格ミステリにふさわしい定型の変人探偵を配しつつ、むしろそうした定石を裏切るように、後日談で麻耶ミステリっぽい企みを見せつけてくれる稚気などに、自分のようなロートルは、さながら『ジャッキー・チェンの映画を見た子供が拳法道場にも通わずにいきなりストリートファイトをカマしてフルボッコされてしまった』ような、体当たりの技芸に作者の”本気”を感じてニンマリしてしまうというか……。

まだまだ本格ミステリの技巧という点では、伏線も甘く、トリックに関しても、台湾ミステリの某作に比較してまだまだ拙いところはあるし、もう一つの串刺しに関しても秩父に向かって『小島正樹センセーッ!』と叫んでしまいたくなるような初々しさながら、『眼球堂』という命名にふさわしいある趣向に犯人の所在を重ねたところなど、非常に光るものがあります。むしろ本格ミステリとしての事件に付与されたトリックなどはどうでもよく(爆)、このキャラ立ちと趣向の巧みさ、それに加えて何より最近の作家としては抜群に読みやすい馴染んだ文体でグイグイと読者を引き込んでしまうところには、作者の”小説”としての腕を強く感じさせます。というわけで、作者がダメミスの暗黒界に堕ちないよう見守るつもりで、何だかんだいって予告されている次作『双孔堂の殺人』も必ず手に入れて読もうと決めた次第です。