わたしたちが少女と呼ばれていた頃 / 石持 浅海

わたしたちが少女と呼ばれていた頃 / 石持 浅海ようやく仕事が一段落したのでブログの更新を再開したいと思います。で、今日はリハビリも兼ねて比較的軽めの連作短編集である本作から。

収録作は、ありがちな学校の噂に隠されたある者のささやかな奸計をたぐり寄せる「赤信号」、カレシとの別れを予感していた鬼畜探偵がそのカレシの属性を解き明かしてマシーンぶりを見せつける「夏休み」、読書に夢中なウワバミ女の奇矯な振る舞いの真の意味を冷徹に暴き立てる「彼女の朝」、百合疑惑のある娘っ子二人の秘めやかな思いを解き明かした佳作「握られた手」、漫画家志望のエリート娘の企み「夢に向かって」、骨折女への斜め上をいく気づきに氷の女が豁然と意義を唱えてみせる「災い転じて」、実は意外とタカビーという語り手の一人相撲に読者の失笑必至というアレ過ぎる幕引きでコトを終える「優佳と、わたしの未来」の全七篇。

何やらジャケには萌えっぽい絵を添えて、「ライトなミステリでお楽しみ遊ばせ」なんてカンジでライトノベルに擬態した本作、それでも「碓氷優佳シリーズ」と”あのひと”の名前がバーンと記されているとあれば、そんな口当たりの良い物語である筈がありません。実際、冒頭を飾る「赤信号」から、優佳タンの冷徹なマシーンぶりは健在で、赤信号をわたれないと云々なんていうありがちな学校の噂を聞いただけで、噂をつくりだした張本人からその動機までをスススーッとイッキ語りしてみせる様子にはもう唖然。その噂を広めた人物の意識も黒ければ、それを解き明かしてハイオシマイとしてしまう探偵の黒さもまた異常、ではその暗黒探偵ぶりから優佳タンの冷たい心を目の当たりにした語り手の娘っ子は恐れ入るのかと思いきや、優佳ったら凄い!と心酔してしまうというアレッぷりを披露。

こりゃ、この娘っ子の先が思いやられるワイ、――と優佳タンを古くから知っている読者は冷笑してしまうこと必至という序盤から華麗にスタートすると、続く「夏休み」では女子高生にはありがちなほのぼの恋愛話かと油断していると別れ話が持ち上がり、そこから当のカレシってどんな人なのかナ?という出歯亀推理が展開されていきます。カレシの属性を明らかにすると同時に、「やはり女は怖い……」という石持小説の終生のテーマをしっかりと添えたラストのささやかな黒さも素晴らしい一篇です。

「彼女の朝」は、いかにもクールでデキる女を気取っていた娘っ子の奇妙な振る舞いの真意を優佳タンが解き明かしていくという、これまた定石の展開で見せてくれます。いくらクールと周りから言われていても、氷の女優佳タンの冷たさにはかなうはずもなく、その奇矯な行動の背後にあるおセンチな真相を暴かれた挙げ句、丸裸にされてしまいます。

「握られた手」は、いつも手を握って仲よさそうな二人に持ちあがった百合疑惑を優佳タンが払拭してくれるという展開で、収録作のなかでは百合というモチーフも相まって唯一石持式エロスを感じることのできる一篇です。とはいえ、勃起陰茎という言葉が文中を飛び交い、さながら暴走機関車のごとくに疾走する展開が素晴らしかった怪作『耳をふさいで夜を走る』などに比較すれば、エロは完全に刺身のツマ。一応その箇所を引用しておくと、

「じゃあ、具体的な証拠。二人がキスしてたとか、抱き合っていたとか、あるいはおっぱい揉んでいたとか、そんなシーンを見たことある?」

なんて台詞でさらっと流しているのみというアッサリぶりで、これがエロミス全盛期の石持氏であれば、「……あるいはおっぱい揉んでいたとか、下着の中に手を入れて指先で××をこすりたてながら耳許に息を吹きかけたりとか、そんなシーン見たことある?」なんてかんじでもう少しネッチリと書き込みを加えてくれたに違いなく、さらには『耳をふさいで夜を走る』で陰茎勃起を連発してくれた氏のことですから、さきほどは××と伏せ字にしたところも必ずや漢字二文字かカタカナでシッカリと書き込みをしてくれたのではないか、――と往年の石持ミステリの風格を懐かしく思う一方、普通であれば「胸を揉んだり」ともう少し控えめな表現にとどめておくべきところも「おっぱい」と明快な言葉を選んでいるあたり、それでもやはり石持エロミスは健在なり、と今後の原点回帰を期待させるくすぐりは流石です。

で、いいかげん、このあたりまでくれば語り手の娘っ子も優佳タンの鬼畜ぶりに気がついてもいい筈なのですが、ここにいたるも未だに優佳ったら凄い!の一点張り。いくら勉強ができても人を見る目がないとねェ……なんて、大手企業の人事課に籍を置くボンクラ部長のボヤキが聞こえてきそう天然ぶりを引きずったまま続く「夢に向かって」では、漫画家志望の友達の学業成績から彼女の奸計とその裏で進行しているドリーム・カム・トゥルーを喝破していくという展開で見せてくれます。優佳タンの鬼畜ぶりは収録作の中ではおとなしめながら、ここでも推理して真相暴いてハイオシマイという幕引きは相変わらず。このあたりは徹底しています。

「災い転じて」で、友人たちのゲスっぽい勘ぐりにノーを唱えてみせたあとの最後を飾る「優佳と、わたしの未来」は、語り手がようやく優佳タンの鬼畜ぶりに気づかされるという一篇ながら、この語り手の暢気っぷりには、優佳タンとのつきあいも長い石持ファンは失笑ものでしょう。ようやく優佳タンの恐ろしさに気がついた彼女が最後はバイナラと手を振ってジ・エンドという幕引きは清々しく、学園ものの一冊として見ればそれなりの様式美は感じられるものの、いままでの、優佳ったら凄い!という流れから一転して、怖い怖いと恐れおののく終わり方は、ジャケ画や挿絵の萌えっぷりとは完全に乖離した風格で、このあたりに石持ワールドの作風を知らないノンケがどのような感想を抱かれるのか興味のあるところではあります。

萌え絵まで添えてライトな学園ものに擬態した一冊ながら、そもそも優佳タン登場という時点でその黒さと冷たさと鬼畜ぶりは保証されたようなもの。古くからのファンであれば、石持ミステリらしいアレっぷりに大満足すること請け合い、ただし「石持浅海って癒やし系かと思っていたら、萌えミスなんだー」なんてジャケ画に騙されて手に取ってしまったビギナーは要注意ということで。優佳タンの黒さをたっぷり堪能するのであれば、まずは『扉は閉ざされたまま』だけでも読んでおいた方がよろしいかと。