苦い蜜 / 大石 圭

苦い蜜 / 大石 圭子供っぽい旦那と年上女房の幸せ夫婦に可愛い娘がいて、さらにもう一人の子宝に恵まれようとしている矢向、隣人の妖しい未亡人に件の旦那が誘惑されてしまい、――と安っぽいドラマの展開を見せながらも、最近の大石ワールドでは定番となった口淫・肛虐も添えて相当にエロっぽい風格の本作、読んでいる間は相当にのめり込むことができたのですが、読後感は最悪(爆)。

大石小説で一番嫌いなのは?といま訊かれれば迷わず本作の名前をあげるカモよ、というほどのイヤーなカンジの本作、自分のような大石小説の熱狂的ファンにこれほどまでの嫌悪感を抱かせるのには相応の理由があるわけで、小説的技巧の巧拙において劣るからなんて理由であるはずはもちろんなく、それが大石ワールドならではの定石を緻密に織り込んだ構成と盛り上げ方にあるゆえであることは説明するまでもありません。

年上女房がそこはかとなく隣の未亡人に感じているコンプレックスや、とにかく口でしてくれとガキっぽいおねだりを繰り返す旦那のキャラといい、この二人が未亡人に操られて奈落へと堕ちていくという流れは序盤から容易にイメージできるものながら、本作ではこれに加えて中盤、ある登場人物の出自に絡めた真相を明かしてみせることで、大石ワールドのファンであれば当然思い至るであろうあるモチーフも絡めて後半の壮絶な展開へと繋げていくという構成が素晴らしい。

また本作では、前半にガキ旦那の視点を中心にかれ自身の当惑や背徳心、さらには未亡人の妖しい魅力に抗えない子供っぽい性格をディテールもたっぷりに描き出し、さらには中盤でこの妻が旦那の浮気を疑っていくシーンも交えて、各人の内面描写を重奏させていくという結構から読者は一気に引き込まれていきます。

そして本丸となる奈落の展開が爆発する後半では、上にも述べた通りのある秘密が明かされ、そこから未亡人の隠れた過去へとフォーカスしていく盛り上げ方が完璧で、この後半の見せ方、実をいうとかなり評価の分かれるところではないでしょうか。

前半、中盤でほとんどの読者は夫婦の視点からこの物語世界にどっぷりと浸っているに違いなく、後半、未亡人の謀略と邪悪性が爆発していく展開は、いうなれば夫婦の視点から物語を見ていた読者の心を切り刻んでいくことにもなるわけで、未亡人の勝利はそのまま読者の不快指数を最大限まで引き上げる効果をもたらします。確かにこのイヤーな結末は絶望的ではありますが、夫婦の視点からこの物語を眺めていた読者にとっては決してハッピーエンドとしては受けとることのできない最悪のもの。

絶望的なハッピーエンドが奇妙な幸福感を幕引きにもたらしていた名作『アンダー・ユア・ベッド』などに比較するとその差は明瞭で、自分のように『アンダー――』のような作風を愛しているファンほど本作への拒絶感は高いといえるかもしれません。完全に取扱注意のブツで、精神的に不安定な人だったら今回ばかりはスルーした方がいいカモよ?といわれるほどの劇薬ゆえ、軽い気持ちで読み始めれば大やけどをします。まさか光文社文庫でこんな路が飛び出してくるとは意外も意外。油断大敵というわけで、今回ばかりは自分も本作の毒に見事、あたってしまいました。これが大石氏の従来からのファンに対するプレゼントなのか、それとも戯れに書いてみたら予想外の化学反応が起こってとんでもない毒物になってしまったということなのか、――その判断はひとまず保留とし、次の光文社文庫が刊行されたときにその答えを決めてみたいと思います。