無垢と罪 / 岸田るり子

無垢と罪 / 岸田るり子天使の眠り」に「めぐり会い」、そして「Fの悲劇」と地味ながら着実に秀作傑作をものにしてキワモノ派から実力派へと変貌を遂げた岸田女史の最新作。今回は安心の徳間からの刊行ながら、連作短編というところはやや意外。しかし期待通りの素晴らしい煉獄巡りの物語、大いに堪能しました。

収録作は、同窓会で再会した憧れの女性は幽霊だった? ――という怪異を交えた謎から一人の女性の悲惨な末期を描き出す「愛と死」、怪しい振る舞いの転校生に惹かれていく娘っ子の罪から、前編との悲しき因果を明かす「謎の転校生」、娘っ子とのやさしい関係が一転、冤罪事件の奈落へと突き落とされた女の理不尽「嘘と罪」。

前編の冤罪事件を端緒として、様々な登場人物たちが罪なる連関を見せていく展開がスリリングな「潜入捜査」、無垢とささやかな罪がもたらした連鎖が、幾年月を経て一人の女を煉獄巡りへと突き落とす「幽霊のいる部屋」、すべての事件のきっかけとなったある少女の死の謎が解かれ、真犯人ともう一つの隠されていた地獄が明かされて幕となる「償い」の全六編。

いずれも単体で読んでも十分に面白く、また順番にこだわらずに読んでも、すべてを読んだあと、いずれを端緒としても過去現在を往還する登場人物たちの煉獄巡りの全体像を俯瞰できるという考え抜かれた構成が素晴らしい。

「愛と死」では、本格ミステリでは定番の幽霊譚を謎としながら、物語の主軸は幽霊を見た主人公の男性が回想する淡い恋愛の記憶と、作中に登場するある文芸小説との重なりにおかれています。その小説の、昔ながらの悲哀溢れる別れは、糜爛した資本主義社会では容易に起こりえるという社会派の色を添えた風格も岸田女史の作品としては新機軸という気がするのですが、現代編ともいえるこの物語を端緒として、このあと、過去と現在を巡る罪と悲しみの連鎖が苦さと甘さを添えて展開していきます。

「謎の転校生」は、「愛と死」で主人公が回想するシーンに登場した女性たちを中心に、おおよそ「愛と死」とは無関係に見える謎めいた転校生の振る舞いが描かれていくのですが、最後の最後に明かされるささやかな罪が、「愛と死」の後半で明かされた真相とつながりを見せる結構が何とも苦い。

「嘘と罪」で、殺人事件を匂わせる少女の死が明示されるのですが、これだけを取り出して読んでしまうと、ヒロインの身に降りかかる理不尽は、まさに岸田ワールドならではのブラックな味付けが施されていて、初期作のキワモノテイストが好みのファンにはタマらないのではないでしょうか。しかし本作では、この理不尽な出来事が「謎の転校生」をはじめとした他の物語と、タイトルにもある思春期の少年少女ならではの「無垢」なる「罪」を結節点として精妙な繋がりを見せていきます。

「幽霊のいる部屋」にいたって、物語は再び現代へと戻ってくるのですが、このヒロインの煉獄巡りがまた壮絶。冒頭の「愛と死」で明かされた真相を再びその裏からじっくりと描き出したともいえる本編は、過去から続く煉獄巡りを経たあとではより壮絶なものとなって読者に迫ってくるに違いありません。「愛と死」でかなわなかった淡い恋とその恋が破綻するきっかけの真相は、過去編に描かれていた事件の闇を炙り出し、一人の少女の死を怪異としてあらわすことで、「愛と死」によってすでに予告されているヒロインの末期との重なりを際立たせた構成も秀逸です。

「償い」では、前編で煉獄から帰還し、いまは幸せに暮らしている女性の現在がさりげなく明かされたりと、収録作の中では明るい要素を添えているものの、過去編でいまだ謎とされていた少女の死の真相が、意外な犯人の告白によって開示されます。しかし意外な犯人、――といっても消去法でいけば当然絞られてはくるわけですが、この真相は驚きよりも、これらの物語の背後にもう一つの煉獄巡りが隠されてい、事件後からずっとこの真犯人はこの煉獄の炎に焼かれていたという真相の方が遙かに強烈。

筋道立てた推理にたよることなく、怪異の存在を「あるもの」とすることで、犯人の告白をかりるかたちによって読者の前に真相を開示させる見せ方は、本作を本格ミステリとして読めば賛否分かれるところでしょうが、本作の作風を鑑みればこれは十分にアリではないでしょうか。

何となーく湊かなえっぽい作風で構成された連作短編集ながら、煉獄のひどさがギャグへと転じてしまいかねない湊女史の『告白』などに比較すると、本作に描かれる”無垢によってもたらされた”罪”と、呪怨ばりに理不尽な煉獄巡りが強要される展開と事件の構図に嗤える余地はありません。痛切な余韻のなかに、冤罪ヒロインのその後を添えてみせたりと、煉獄だけではない、ささやかな希望が感じられる結末によって、冒頭の理不尽な死を浄化する幕引きはまさに一級品の風格。ほかの女流ミステリ作家に比較すると、どうにもアンマリ目立たない気がする岸田女史ではありますが、お手軽に読み始めることのできる本作をきっかけに、このあと「天使の眠り」「めぐり会い」、「Fの悲劇」といった傑作長編を辿っていくというのもアリでしょう。というわけで、岸田ミステリの初心者にも大いにオススメしたいと思います。