わたしには鞭の跡がよく似合う / 大石 圭

わたしには鞭の跡がよく似合う / 大石 圭大石本にしては珍しく文庫ではなくソフトカバー。しかもジャケ画がオシャレ系で陰気くささはマッタクなし、――という外観通りに、SMというダークなモチーフをスタイリッシュな恋愛小説に仕立てた手腕にまず脱帽。氏の小説の中では格別際だった傑作というわけではないのですが、大石小説中、絶望抜きの最高のハッピーエンドを見せてくれるという点ではかなり貴重な一冊といえるかもしれません。

物語は、ジャケ帯にもあるとおりに、清楚なOLが出張SM嬢をしていて、――と短編ではすっかりお馴染みの筋立てながら、今回は長編ということもあって、ヒロインのSM嬢の昼の生活をはじめ、細部をしっかりと描いているところに注目でしょうか。そしてSM嬢をしながらも、なかなかよくできた恋人から結婚を迫られているという展開も興味深く、ジャケ帯にある「愛に生きるべきか? 快楽に生きるべきか?」とヒロインは煩悶するわけです。

実はヒロインの母親も真性のマゾで出張SM嬢をしていたという設定も、主人公の記憶を辿っていくことで、現在と過去を対比させるという大石小説では定番の結構と絶妙なマッチングをみせており、さらには母親にふりかかったある事件の顛末をを挿入することで、ヒロインには悲劇的な過去が待ち受けているかもしれないというサスペンスを醸し出すことに成功しています。

エロのディテールについては、口淫、口虐、肛虐、と最近の大石ワールドでは定番ものがフルコースでズラリと並べられているほか、今回はノッケから仮面舞踏会さながらのマスクをつけた男とのエロ・プレイでヒロインが「堪忍っ」や「後生」などという言葉を発するものだから、思わず「綺羅光かいッ!」とツッコミを入れながら読んでいたのはナイショです、――とはいえ、本作のヒロインが普通に仕事のできる女性で、さらには結婚を迫られていながら、自らの被虐嗜好に悩んでいるところなど、その軽妙な展開も含めて、本作は、綺羅光の傑作「美畜!」シリーズを大石流にリライトしたものと見ることも可能、……なんて考えてしまうのはおそらく自分だけだと思うので、このあたりは軽くスルーしてください(爆)。

さて、上にも述べた通り「愛に生きるべきか?快楽に生きるべきか?」と煩悶するヒロインが果たして最後にどちらを選択するのかですが、後半、彼女は一方を捨てるため、トンデモない行動に出ます。この行動から悲劇的な幕引きは決定かと思われたものの、もしかしたら”こんなかたち”での大逆転もあったりして、……と考えていた通りに話が進んでいったところには吃驚で、さすが大石氏は読者の好みをよく判っていらっしゃる、と感心した次第です。まさに絶望は一切ナシという、過去作の中でも最高のハッピーエンドでしめくくられる本作は、ジャケ画のオシャレさとあわせて、案外、多くのパンピーな女性読者――でもちょっと背徳的な香りのする物語が好きで、ハーレクイーンからステップアップしたい……なんてムラムラしている女性たちのハートと股間を射止めることができるような気がします。

作者のファンではあれば定番のエロっぽいシーンのほか、笑ってしまうくらいにハッピーエンドでしめくくられる本作は、安心して読むことができる一冊といえるのではないでしょうか。オススメです。