非実在探偵小説研究会 ~Airmys~ 陸號

非実在探偵小説研究会 ~Airmys~ 陸號傑作揃いといわれている四號だけが未読だったりするわけですが、最新刊となる陸號を読了したのでこちらの感想を簡単にまとめておきます。今回は二つの企画があって、冒頭の企画1「フーダニット・ホワイダニット競作」からしてかなりのハイレベル。企画2となる「ショート・ショート」もそれぞれの個性が際だった好編揃いで、堪能しました。

「フーダニット・ホワイダニット競作」の収録作は、とある別荘に泊まったヤングたちが殺人事件に巻き込まれて、――という定番の結構に、本格ミステリのモチーフをこらした受難が襲いかかる、森煮豆仁「罪に罰」、犯人当て小説の作中作に凝らされたメタ趣向と伏線の妙、根倉野蜜柑「首吊り屋敷の密室」。銀河探偵シリーズものならではのトリックと趣向に、美しき余韻を添えた幕引きが素晴らしい傑作、麻里邑圭人「匣の中の少女」、クローンだらけの村で発生した殺人事件という奇想から、作者ならではの狂気が立ちのぼる怪作、佐倉丸春「複製人間が多すぎる」、新興宗教施設での殺人に”読者への挑戦状”までも添えてガチンコ勝負を挑んだ光田寿「メキシコ翡翠の謎」、夢野久作への思慕溢れる作風の背後に隠された緻密な構成が素晴らしすぎる、紫藤はるか「守居鳥亞弥子の狂人理論」の全六編。

「罪に罰」は、別荘に集まった者たちの間で殺人事件が発生して、――というベタすぎる展開ながら、中盤で早くも駆け足で語られる、これまたベタすぎる推理をボケーッと読み流していると、終盤に麻耶っぽい悪意と黒さの炸裂する落差がキモ。定型と様式の外に凝らされた、――しかし本格ミステリでないと決して成立しない怪異の添え方は綾辻ワールドっぽくもあり、新本格ラブの方であれば愉しめること請け合いの一編です。

「首吊り屋敷の密室」は、作者らしいダークさが際だった一編で、作中作にそれを読み解くプロセスを重ねた結構から、隠されていた伏線を開示していく後半の展開が素晴らしい。結構そのものに凝らされた作為から”犯人”の属性を明かしてみせる最後の真相には、文章の一文一文、そして全体の構成にまで眼を配った作者の並々ならぬこだわりが感じられます。

続く「匣の中の少女」は、収録作の中では一番のお気に入りで、個人的には現時点での作者の最高傑作といっていいのではないでしょうか。銀河探偵という異世界本格ならではの趣向を活かした仕掛けも素晴らしいのですが、作者の過去作に比較すると、本作では大きな作風の転換と飛躍がはかられているところに注目で、「サクラサクミライ」を典型に、氏の作品は従来、過去の事件の真相を明らかにすることで物語は絶望的に「閉じる」という、――取り戻せない過去がもたらす郷愁と悲劇を際だたせた結構が大きな個性だったわけですが、本作では、銀河探偵が真相を明かしてみせたあと、その結末を事件の重要人物に委ねることで物語の幕引きを「開いた」ものにしています。事件と真相は悲劇的でありながら、希望の感じられる幕引きは、作者の新機軸といえるのではないでしょうか。

またこうした手触りの転換と飛躍を支えている仕掛けと本格ミステリの趣向も強靱なもので、たとえば中盤で描かれる殺人事件の被害者にこのシリーズならではの特色を添えながら、このあからさまに過ぎる真相が、実は後半にさらりと語られるある逸話と繋がりを見せ、このシリーズならではの絶妙な伏線へと転化する構成や、さらにはこれが過去の事件とモチーフの重なりを見せるところなど、ホワイダニットとフーダニットの双方に配慮した仕掛けと伏線も素晴らしい。作中劇が描かれる趣向や、探偵の口から真相が明かされたあとの台詞のやりとりなど、もう決まりすぎているというか、――本格ミステリの技巧はもちろん、小説としての構成から台詞回しまでそのすべてにおいて大きな飛躍を見せた会心の一作といえるのではないでしょうか。

「複製人間が多すぎる」は、王国や錬金術師など、おとぎ話フウの舞台にクローンが跋扈するという、作者ならではのキチガイじみた発想が素晴らしい。しかしその天然の狂気の背後には端正にして緻密な企みが隠されているのだから油断がならない。”魔法”が通用する世界観をそのままゴロンと見せただけであれば容易に読者に気取られてしまうであろう、ある事実を、本作では”複製人間”という、――一見するとSF風味に感じられる言葉を用いて、隠蔽してみせた戦略がイイ。

「メキシコ翡翠の謎」は読者への挑戦状を添えた力作で、ときに冗長にも感じられる細部の描写に隠された大胆な伏線と、意想外な犯人のコンボが秀逸です。この意想外な犯人を決定づける動機がまた狂っていて、もしかしたら収録作中、もっとも人間の狂気を描ききった一編といえるカモしれません。人間の深奥に隠された狂気と、この動機に大きく絡んでいるある”もの”を成立させるための舞台構成、そして犯人の属性の三位一体がもたらす真相の強度は、フザケきった幕引きとは裏腹にかなりガチ。収録作中ではもっともストレートに本格ミステリしている一編でしょう。

「守居鳥亞弥子の狂人理論」も、「匣の中の少女」と並んで偏愛したい一編で、眼帯少女というキャラから綾辻小説のあの作品を想起してしまうのですが、全体から濃厚ににおいたつ風格は夢野久作。長編のアレを感じさせる舞台も秀逸なのですが、個人的にもっとも惹かれたのは、作中でも言及される短編を巧みに本歌取りした時間軸の結構でしょうか。最後の「終幕」によって物語は完全に閉じていながらも、”作者”の語りによって真相がホラーに転化してしまう狂気、そしていままで語られていた物語を無化してしまうメタ的な仕掛けなどかなり凝った構成でありながら、不思議とスマートに感じられるところも素晴らしい。傑作でしょう。

ショートショートは「バラエティーに富んだ作品10編」と冒頭にある通りに、本格ミステリを意識した作品、ミステリの構成を借りながら怪談へと変容を見せる逸品など、これまた「フーダニット・ホワイダニット競作」と並ぶ力作揃いで愉しめました。

一番の好みは佐倉丸春「スフィンクスの謎」でしょうか。あの有名なお話から中盤で一転、いきなり本格ミステリの様式が展開され、最後には意外なアレが出てくる遊び心など、構成にまったくの無駄がないところに作者の才気が感じられる傑作です。麻里邑圭人「悪魔」は、昔話っぽい展開で進んでいきながら、最後にいきなり黒すぎる真相が明かされて幕になるという構成に痺れました。黒麻里邑が堪能できる一編ですが、何となーくこのイヤな真相に楳図かずおの某短編を思い浮かべてしまったのはナイショです(爆)。

角州克矢「顔」は、首切り殺人を描いたいかにもな本格ミステリ、――と思わせておきながら、ホワイダニットの開示によって最後の最後に日本では超有名なアレが出てくる怪談としての趣向が素晴らしい。本格ミステリに擬態した怪談という様式はすでに馴染みのあるものながら、犯人側の心理を炙り出していく展開と、その動機を唐突に明かすことで一気に怪談の恐怖へと転換させる見せ方とオチが見事に決まった一編でしょう。

森煮豆仁「密室/証拠」は、ちょっと御大ラブな密室トリックを明かしながら、本当の見せ場は最後の最後。メタを効かせた、ショートショートならではの結びが微笑ましい一編です。光田寿「消失感」は、小松左京とかあのあたりの、懐かし成分が感じられるSFショートショートで、唐突に現れるキャラの濃厚さと台詞回しで魅せてくれます。オチは想定内でしたが、奇妙な”消失”をテーマにしながら、最後の呆気ない幕引きがタイトルにもある消失”感”を見事に体現しているところがイイ。

稲羽みのり「このどうしようもなく飛んだ世界でキミは」は、厨二病めいたタイトルと恋愛が禁止された異世界という設定から、ぬるーく展開していくのかと想像していると、兄の死を巡って思いのほかシリアスに話が進んでいきます。最後に明かされる真相は哀しくも痛みのあるもので、このまま幕が閉じるかと思っていると、ある仕掛けが開示され、最後の一文で無理めのエロへと落下していく結末が、シリアスな筋運びと激しいギャップを引き起こしているところがかなりの通好み。

船橋浩司「Sunny Day Sunday!」も、収録作の中では「スフィンクスの謎」と並ぶお気に入りで、――カップルのオノロケがさらさらと綴られていく展開に添えられた本格ミステリ趣味溢れる遊び心がたまりません。倒叙ものにも通じる心理戦、そして毒殺トリックの趣向から拝借した胸キュンな”犯行”など、狂気と黒さが際だつ本作の「ショート・ショート」の中ではかなりの”異色作”。

田中大牙「本格ミステリ検閲官」と根倉野蜜柑「名探偵の末路」は、本格ミステリならではの世界観をもとにした物語で、いずれももの哀しい結末が待ち受けています。とくに「名探偵の末路」は、主人公の心理を丁寧に描きながら、物語を牽引していた思い込みが真相開示によって打ち砕かれる悲劇的な幕引きは深い余韻を残します。

紫藤はるか「教誨 Inversion」も、ショートショートならではのひねりを効かせた幕引きをアピールする収録作の中では、精緻な謎解きで展開していく本格ミステリという点で異色作といえるかもしれません。もちろん単なる謎解きのままで終わるはずもなく、最後の最後に傍点つきで語られる黒い企みによって、物語が絶望的に開かれているオチが秀逸です。

毎号確実に印象的な傑作・怪作が収録されているこのエアミス研同人誌ですが、今回は「フーダニット・ホワイダニット競作」で各作家のレベルの高さに驚き、「ショート・ショート」ならではの、オチに注力した各人の個性をタップリ堪能した次第で、ビギナーにはどの号がオススメかという問われれば、個人的には本作を強くオススメしたいと思います。