『贖罪の奏鳴曲』を読まずにこちらを手に取ってしまうという大失態を犯してしまったのですが、後の祭り。しかし物語そのものは、法廷ものの結構に事件の構図の反転を凝らした力作で、堪能しました。
物語は、――訳ありの悪徳弁護士が、ある事件の弁護を引き受けることになる。犯人と目される女は減刑を主張、事件は単純な夫殺しと思われたが、どうやら裏があるらしい。なぜ悪徳弁護士はこの事件の弁護を引き受けたのか、そして事件の真相は……という話。
本作では、夫殺しの事件の真相はもちろん、これに深く関わっているのがもう一つの大きな謎である、――悪徳弁護士がなぜこの事件の弁護を買って出たのかというものなのですが、この真相がもたらす驚きを存分に堪能したいのであれば、前作となる『贖罪の奏鳴曲』を読んでおくべきでしょう。もちろん自分のように前作を読んでいなくとも十分に驚けることは驚けるのですが、ちょっともったいなかったなァというのが正直なところであります。
本作での主人公は一応、件の悪徳弁護士ということになるかと思うのですが、このほかにも彼を天敵とする検事に、犯人とされる妻も含めた三人で、まさに三つ巴の頭脳戦が繰り広げられていきます。ミステリ読みであれば、犯人とされる女が何かを隠しているのは明らかで、おそらく真犯人は別にいるんだろう、という考えに到るのは必然ながら、本作では弁護士の視点で事件の洗い直しを進めていきながら、この過程で「探偵役」となっている弁護士もまた弁護を引き受けることになった動機を隠しているところが何とも怪しい。実際、この動機が酷薄にして悲哀という、かなり複雑な読後感をもたらしているのですが、いかにも『メフィスト』らしい、リアリズムを忌避したかなり突飛な見せ方で愉しませてくれます。
事件の真相については、実をいうと自分の場合、想定内というか、真犯人はもとよりこの真犯人ともう一人の鬼畜との関係性のほとんどを見抜けてしまったというイージーさながら、それでも判然としなかったのが、なぜ真犯人が被害者を殺すにいたったのかという動機で、これが探偵の口から明かされたときには、そのあまりのおぞましさに眼が点になってしまいました。
ありふれたダメ夫をこれまたありふれたダメ女が殺したという、平々凡々たる殺人事件が、気色悪すぎる家族像へと帰着するロジックの突飛さも秀逸ながら、それを支えている女の宿業が事件の真相とともに読者を物語に誘っていたもう一つの大きな謎と結びつく推理の展開が凄まじい。嗚呼、しかしこの驚きは前作を読んでいればもっと、……とため息をついてしまうのですが、こればかりは仕方がありません。こうなったら『贖罪の奏鳴曲』を読んでもう一度本作を再読してやろうと決意した次第です(爆)。