贖罪の奏鳴曲 / 中山七里

贖罪の奏鳴曲 / 中山七里ちょっと体調がアレなので前回の更新から間が空いてしまいました。本来であれば『追憶の夜想曲』の前に読了しておくべきだった本作、『夜想曲』を読み終えたあとすぐに取りかかったのですが、登場人物の設定などになるほど、……と頷くことしきり、納得の傑作でありました。

物語は、過去にトンデモない事件を起こした少年が弁護士となり、夫人に殺人の嫌疑がかかっている訴訟の弁護を引き受けることになるのだが、――と、簡単にまとめればそんな話。弁護士である人物は『夜想曲』と同様ながら、その前段となる本作では、この弁護士の過去が物語の進行に伴って少しづつ明かされていきます。弁護を引き受けた事件とともに、冒頭、倒叙形式を模して明示された事件の疑惑がこの人物にかけられているところから、刑事の視点と弁護士の視点を交錯させ、二つの殺人事件を終盤で見事に連関させる結構が素晴らしい。この企みは相当なもの、……なのですが、『夜想曲』の冒頭でこのうち一つの事件についてはネタと結末が明かされているため、ネタバレにこだわる読者であれば『夜想曲』を先に読んでしまったことを大後悔するのではと推察されるものの、実をいうと自分はむしろ先に読んでいて良かったカモ、という感想を抱いた次第で、このあたりは後述します。

本丸となるべき弁護を引き受けた事件では、裁判の進行に従って検察と弁護士の立場から丁々発止の駆け引きが行われていく展開だけでも十分に満足できるのですが、ここではフーダニットにおいて予想通りの帰結を見せながらそのあとでさらにもう一ひねりを加えてあるところがミソで、この反転によって異様過ぎる家族関係を明かしてジ・エンドとなる見せ方がイイ。もっともこの気持ち悪い人間像を明かしてハイオシマイとするのではなく、敢えて事件の当事者ながら裁判という舞台においては外にいた刑事の視点から、コトの経緯を振り返り、悪徳弁護士の知られざる一面を開示して静かな幕引きで締めくくる構成が心憎い。これによって真犯人と暗い過去を乗り越えるために煉獄を生きている悪徳弁護士との対比が生まれ、これがまた事件全体に重厚な趣を添えています。

さて、上に述べた『夜想曲』と本作『奏鳴曲』との読む順番に関してですが、裁判という舞台の外にいた刑事の視点からエピローグを描くことで、主人公である悪徳弁護士の内心と心情を読者に想起させる効果を挙げていた本作とは対照的に『夜想曲』では、事件を”解決”し敢えてさらなる煉獄へと突き進むことで贖罪を行おうと決意する弁護士の内心を明快に描くことで、次なる物語へと読者を誘う幕引きとなっていました。

ここで主人公が名前を口にするある人物が、本作ではなかなかに重要な鍵を握っており、また主人公が悔悛に目覚めるきっかけとなる逸話の中にも登場するのですが、『夜想曲』を読んだときにはこの名前の人物がいったい主人公とどういう関係にあったのかよく判らなかったものの、本作を読み進めていくにつれがそれが次第にハッキリしていく展開に自分は強く心打たれた次第です。こうした過去の経緯があるからこそ、『夜想曲』の最後で彼がこの人物の名前を呟いたのか、――と気がつけたことで、何だか本作と『夜想曲』の感動を二乗して一息に味わえたような心地になり、ネタバレ云々を越えて何だか非常に得した気分になりました(爆)。

順序を違えることによって生起する感動があるのもこのシリーズの不思議な魅力ゆえ、自分のように先に『夜想曲』を読んでしまった読者も躊躇うことなく、このシリーズの最初の物語となる本作を手に取っていただき、『奏鳴曲』から『夜想曲』という読み方では味わうことのできない感動を体験していただければと思います。作者の作品は何となく読まず嫌いで避けてきた自分ですが、このシリーズはこれからも追いかけていきたいと思います。オススメでしょう。