前回の続きです。
島田: 科学革命の一つとして、ダーウィンの進化論というのがあります。これもまあ、大変な革命であったんですね。聖書的文芸への挑戦であったわけです。で< それまでの文学が行っていた英雄が、神的なものが――神的なストーリー……そういうものがナンセンスではないか、意味がないのではないかという考え方が現れてくるんです。そして人間も進化の法則の前には囚人同様である。だからもっと生々しく、ありのままの人間を描いてよいんじゃないかという考え方が表れてくる。これがモーパッサン、ゾラといった自然主義という潮流ですね。 これはですね、日本に輸入されるんです。日本人は忘れているんですけど、あれ、実は輸入品なんです。日本の文学は近代自然主義文学という形――という方向を通過して発達してくるんですけど、……なんか退屈してるんじゃないですかね(苦笑)。うーん、もうちょっと……それで、田山花袋の『布団』という作品が原点、輝ける原点になるんですけど、清張さん作品というのは基本があるんですよ、明らかに。そして、『布団』――自然主義の『布団』の先生のような人が犯罪に巻き込まれてしまうというようなやり方で、書かれていくところがある。そして伏線がないです。これは多く連載を経由したということがあるんですけど、伏線なし。ですから本格というよりは、端的にこういう言い方はないんですが、私は言います。自然主義探偵小説――という呼び方がジャンル名として的確であると考えています。 ええ、そういう形があって、で、もしかしたら、だから本格のミステリーというジャンルが固定的になってきて、英米流のやりかたへ非常に接近し、安定するのは『占星術殺人事件』や綾辻さんという人たち、――新本格が現れてからかもしれません。ようやく1980年代になってから、かもしれませんですね。だいたい、日米英の本格ミステリーの流れはそういうことなんです。――それからまあ、本題に入りますと、コナンじゃない、エラリー、エドガー・アラン・ポーは山羊座なんですよね。 水谷: はい、そうですね。ちょっとここで出てきた有名な作家さんの星座というのを調べているので、その……島田先生に星座を通してちょっと、作品について教えていただけたらなと思います。
島田: あの、山羊座といえば、ひかりちゃんも山羊座ですよね? そしてコナン・ドイルが双子座なんですね。で、アガサ・クリスティーは乙女座。エラリー・クイーンは天秤と山羊座ですよね……というふうにそれぞれ話していくとまた長くなっちゃいますから、ひとつだけ面白いのをいうとね、コナン・ドイル。これ、あなたと同じ双子座なんですよ。双子座の非常な魅力といいかげんなところがよく出ている。非常にほら話みたいのが多いわけです。
そのね、最高のものは、『まだらの紐』――これ、大好きなんですよ。もう、本当に大好きなんですが、『まだらの紐』なんていう短編にはですね、真実は何一つ書かれていない。あれ、全部、大嘘というかほら話というか、楽しいホラなんです。例えば、あれはその、沼毒蛇というインド産の猛毒蛇を金庫の中で飼っておき、その金庫の上に吊る紐を垂らしておいて、それを這い上らせて、そして壁の穴から隣の部屋に入らせて、義理の娘をかみ殺し、口笛で蛇を呼び戻し、また這い下らせて、ミルクで吊ってね、そして金庫に戻す――というようなお話なんです。
密室殺人のはしりですね。ところがまず蛇には、吊り紐を太くても細くてもそれを伝って這い上るという運動能力がないということが判ってきたんです。最近の動物学者によって。これは証明されたわけですね。さらには口笛、隣の部屋で口笛が聞けないということが判ってきました。あの、振動とかの、大きなズーンという音とか、すぐ眼の前で強い声量で笛を吹くと、それは聞けるでしょうが、しかし隣の部屋での口笛なんていう幽かな音は聞けないんですね。それから、さらには誰でも判ることですが、蛇は爬虫類ですよね。ミルクをほしがるのは哺乳類だけです。ですから我々は牛のお乳を飲みますが、蛇はお乳飲みません。ですからいかなる蛇も、ミルクの臭いでつるということはできないんですね。
ただし、19世紀の頃にはね、間違いが多く伝えられていたんです。それはアメリカから中米にかけて分布するミルク蛇という蛇がいる。これは名前を聞いても判るように、名前がそういうふうにつけられたわけですが、見ても判るようにミルクを飲んでいるところを見たっていう目撃譚が報告されたわけです。だからミルクを飲む蛇がいると思われていた。で、確かにこの蛇は白、茶、黒のまだらをしていて、まだらの紐の原型が、外観が説明どおりなんです。ですからおそらくミルク蛇をモデルにしたんじゃないかと思われます。
ところが最近、動物学者たちによって、これも見間違えだったということがだんだん証明されつつあるんです。ミルク蛇は牛小屋に住んでいますが、牛の餌を狙っている小動物を狙って住み着いていた。ミルクを飲んでいるように見えたのは見間違えであって、実は飲んでいなかったんだということが判ってきた。で、実際、ミルク蛇は無毒なんです。毒ないんですね。で、今アメリカではペットとして珍重されていて、よく飼われているんですけれども、こういうようなことがあります。
これは何が言えるかというと、おそらくね、19世紀最新の科学を取り込んで、つくられていたミステリーであるから、……つまりあの頃ね、例えば覇権主義、植民地主義、そういう時代にリアルタイムで書かれているんですけれども、こういう時代の、エンターテイメント、みんな滅んでいるんですよね。リアルタイムで書かれてもので、ここまで生き残り、多く読まれているのはホームズ譚だけです。ですからこの植民地主義に関する問題もそうですが、こういう蛇に関して動物学的な話も最新の情報を取り込んでしまったがために、最新の情報もまた取り込んでしまったという、ようなところがあります。しかしもうちょっと慎重にやれば、もうちょっと別の話につくったんじゃないかと思えるんですが、我々双子座も天秤座もちょっと軽いところがあり、ついついそういう……なんというかな、間違いを含んだ話を平気で、面白けりゃいいだろう、という調子でつくってしまうというようなところがあります。この種の間違いというのは、もうこれから一時間話せるくらいたくさんあるんですよ。コナン・ドイルのホームズ譚というのはね。
水谷: コナン・ドイルは……でも、シャーロック・ホームズがそうですよね、この『まだらの紐』というはちょっと調べたんですけど、全部でシリーズ56編あるっていうことでして……。
島田: 56編――ええ、60なんですよ。だた長編が四編。ですから短編が56編ですね。
水谷: その八番目という。
島田: 八番目、ああ。
水谷: たぶん、皆さんはシャーロック・ホームズはご存じだと思うんですけど、私、ちょっとそのシャーロック・ホームズが何座かっていうのをちょっと調べてみたんですよ。
島田: それもね、長く議論があるんですよ。はい。水谷さんのお考え、説はどのようなものでしょうか。
水谷: あ、説といいますかですね、シャーロック・ホームズ自体、誕生日があったので、ちょっと調べてみたんですね。その……コナン・ドイルに関しては、1859年5月22日なので、双子座なんですけれども、何とちょっとビックリしたことにシャーロック・ホームズは、1854年1月6日が誕生日なんです。
光藤: えー、私、1月6日が誕生日なんです。
水谷: そうなんです。それがもうビックリして。はい。ちょっと、それだけなんですけどね。
島田: それはもちろん存じ上げています。だから昔からずっと山羊座って言われていたんですが、山羊座の手堅さというよりは、双子座のいいかげんさな方が出てきており、その方が魅力があるかな、というふうに思います。双子座のその愛らしさ、チャーミングさ、いいかげんさ、そういうのがね、私は大好きなんですよね。ええ。
水谷: シャーロック・ホームズも、もしかしたらこう、山羊座だからって1月6日にしたわけじゃなくて、適当に決めた?
島田: えっとね、モデルになるエジンパラにいた時代、モデルになった先輩の大学の教授がいるんですね。その人がもしかしたら山羊座だったのかもしれませんね。一目見て、いろんな推理で職業を当てたりなんかして、そういうことがあったかもしれませんね。
水谷: なるほど。そうですね。一応この『12星座殺人事件』の中で出てくるキーワードとしては、まあ……マンネリが嫌いで飽きっぽい。まあ、双子座の特徴なんですけど、まあ、うるさく言われることとか面倒なことが苦手とか、まあ、明日は明日の風が吹くっていう、ちょっとそういう気ままなところがあります。はい、そうなんです。まあ、私、双子座なんですが、当たってるかなということにしておき……
島田: そうですね、天秤座もそういうところがある。我々はそんなところはないという自信があるかと思うんですが……ね、山羊座は手堅いんですよね。
水谷: この中ではプライドが高いのに自信がない、同道しているのに臆病、とか。
島田: 何がですか?
水谷: 山羊座です。
島田: あ、山羊座手ね。
水谷: 謙虚に見えて頑固とか。誠実そうに見えてしたたかとか、ちょっとこう、ダークな面を引き出しているので、わりとこういう……
島田: そうそう、向いてる職業というのが墓堀とかね、監獄の看守とかそういうのが出てきます。ミステリに向いているのかもしれませんですね。
水谷: ミステリに向いているかもしれませんって……ひかりちゃん……
光藤: 私、山羊座なんです。
島田: だってね、ポーが山羊座ですもん。エラリー・クイーンの片割れは山羊座ですしね。あの、双子座天秤座っていうのはね、ちょっとね、もっと華やかなところがあるんですけど、軽いんでよね。だからむしろエンターティナーとかミュージシャンに向いているのかもしれませんですね(続く)。