ナイト&シャドウ / 柳 広司

ナイト&シャドウ / 柳 広司これも講談社だから少し待てば電子書籍で出るかナーと思ってしぶとく粘っていた一冊。結局いますぐに電子版が刊行されることもなさそうなので、紙本を購入しました。柳氏の新作とあれば、やはり誰もが『ジョーカー・ゲーム』と比較してしまいたくなる、――その気持ちも判らなくはないのですが、本作はそうした先入観を除けた方が愉しめると思います。

物語は、エリートSPの日本人が、メリケンのシークレット・サービスで研修を受けることになるのだが、どうやら中東のテロ組織が大統領の暗殺を企んでいるらしく、彼はその事件に巻き込まれていき、――という話。

柳ミステリといえば、全体的には読み口が軽く、舞台背景も含めてあまりコッテリ、ネッチリとした記述はなく、結構さらさらと読めてしまうという印象があったのですが、本作は高村薫とまではいかないにしても文章の密度が高いことにまず吃驚。特にシークレット・サービスに関する組織やその活動内容についてもかなり詳細な説明を加えており、――それが中盤、事件を未然に防ぐというこの組織のもう一つの側面を明らかにする仕掛けにも繋がっていくわけですが、それにしてもこの変わり様には、従来のファンほど驚いてしまうのではないでしょうか。

アメリカでの大統領暗殺計画、そしてそれを未然に阻止しようと奔走する主人公たちという表の展開に当然裏があることは、ミステリ読みであればこそ勘ぐってしまうわけで、実際この仕掛けに関しては、主人公の出自に関連してあるイベントの発生が予告されるところから、ほとんどのミステリ読みはこの仕掛けを見破ってしまうような気がします。とはいえ、本作の恐ろしいのは、暗殺計画のフーダニットやさらにその背後に見え隠れしていた真犯人を騙りによって誤導してみせる技法とは質感のまったく異なる極悪な仕掛けが隠されていることで、――最後の最期で読者がいる現実世界と物語世界が強烈な接続を見せるところでしょう。

なるほど、……最初から読み返してみれば、物語の舞台がアメリカであるという、空間軸の説明はくだくだしく説明が加えられている一方で、時間軸に関しては極力ボカした書き方がされていることに気がつきます。柳ミステリにしては一見すると饒舌に見えるシークレット・サービスの組織とその仕事内容など、アメリカという舞台が詳細に描き込まれているのにはそういう理由があったのと会得した次第で、確かにこの物語は、アメリカでしか成立しえないし、また表に見せている大統領暗殺計画に関しても、これに巻き込まれる主人公が日本人であり、読者が日本人であるからこそ「成立」しえる物語ともいえます。

当たり前ながら、怜悧な主人公の大活躍で事件は未然に防がれるという定番の終わり方を見せて、『ジョーカー・ゲーム』同様の続編もアリかな、と匂わせる一方、それにしてはこの主人公、チョット結城中佐に比較するとキャラが弱いよねえ、まるで捨て駒みたいな……と感じている読者に鉄槌を下すがごとく”予告”されるこの物語の「その後」――。事件は未然に防がれたが、物語の外にいる現実世界の、そして「今、ここ」にいる読者だからこその衝撃は相当なもの。これはもう、高村薫チックで饒舌なフレーバーも添えてガチなエンタメ小説を装ってはいるものの、「今、ここ」にいる読者に対して大仕掛けを施したアレ系の暗黒小説としてしまってもいいような気がします。

表層上の物語に大きな驚きはないものの、この結末の暗さに頭を抱えてしまった自分も相当にアレですが(爆)、読了するのに特別な覚悟は必要かもしれません。そのあたりも含めて今までの柳小説とはやや趣を異にする本作、『ジョーカー・ゲーム』のような明快なエンタメ小説ではないので、やや取り扱い注意、ということで挑むのが吉でしょう。