神さま、お願い / 花房観音

神さま、お願い / 花房観音作者の処女作『花祀り』が素晴らしかったので、今回は最近刊行された新作を読んでみました。本作、エロはまったくナシでそこだけはチと意外だったのですが、横溢する悪魔主義はまさに『花祀り』にも繋がる真っ黒さ。さらにそのオチのイヤっぷりは鬼六御大というよりは、藤子不二雄A先生(爆)、――ということで堪能しました。

収録作は、兄と慕っていた男を取られた腹いせに曰く付きの神社で女を呪った末路「安産祈願」、息子の受験を争った女がライバルのご近所を女を呪った挙げ句に煉獄を味わう「学業成就」、妻子ありの上司に憧れる女が、昇進をキッカケに男の正体を知った後の絶望と黒い決意が痛快な「商売繁盛」、父の介護に明け暮れる妹がひた隠す心の闇「不老長寿」、憧れていた男と同じ大学に進学し、ついにはカレシの心を射止めた女の悲しい結末「縁結び祈願」、ダンナと息子の常識にとらわれない行き方に翻弄されるオバはんの甘美な願い「家内安全」の全六編。

いずれも自らの願いを叶えてもらうため、路地裏にひっそりと佇む曰く付きの神社に、女たちが自らの血を捧げて呪いをかける、――というのがまずあって、その「願い」がどのようなかたちで成就するのか、というところが見所の物語がズラリと揃っているわけですが、冒頭を飾る「安産祈願」からして、その黒さは相当なもの。兄と慕っていた男が知り合いの女に取られてしまうと、主人公は結婚相手の知り合いが子供を産みませんように、と願いならぬ呪いをかけるわけですが、その逆恨みにもなっていない不純な動機が成就しようとも当然マトモなかたちで実るはずがなく、念願のカレシと一緒になれて、――というあたりから物語はどんどんイヤな方向に転がっていきます。確かに願いが叶ったのだけれど、……というオチのつけかたは完全に藤子不二雄A先生のソレながら、京都を舞台にした作品世界が登場人物たちを我らがA先生の絵柄で脳内再生されることを食い止めているというか(爆)。

邪な願いがトンデモないかたちで成就するという展開は、続く「学業成就」も同様で、「安産祈願」が恋愛に積極的になれず神頼みに傾くヒロインであったのに対して、こちらは良いダンナをゲットできたものの、主人公の女性は夫とは不釣り合いな凡人であることを自覚しているところが高ポイント。この劣等感と歪んだライバル意識から、自分の息子を「お受験」へと参戦させ、いいように振り回してみせるのですが、当然ヒロインの過剰な思いは悪い方、悪い方へと転がっていきます。「安産祈願」では主人公の倒錯した願いは一応成就してはいるのに比較して、こちらは何とも悲惨なオチが待っています。

「商売繁盛」は、収録作の中では個人的にもっとも偏愛している一編で、妻子のある上司を想って仕事を頑張るひたむきなヒロインがとても可愛い(苦笑)。彼女が黒い神社へと足を向けるきっかけも、自らの邪悪な願いからではなく、かつて片思いをしていた上司を慮ってのものだったりするところが、前二編とはやや傾向が異なるところでありまして、しかしそんなヒロインの真面目な想いが見事に裏切られた中盤から物語はイッキに暗黒さを増していきます。最後は「この後」の地獄絵図をイメージさせるところで幕となっているのですが、暗黒面に堕ちたとはいえ、ヒロインが敗北していない救いが、むしろ勧善懲悪にも繋がる痛快さを醸し出しているところが素晴らしい。

「不老長寿」は、構成に仕掛けが凝らされた一編で、利発そうな姉の影に隠れて目立たなかった平凡な妹が主人公。父が病に倒れて意識不明の寝たきりになったのをきっかけに、実家へと戻った彼女は父の介護に明け暮れる日々を送っているのだが、――という展開で、彼女を悲劇のヒロインめいたカンジに見せておきながら、中盤でスマートな反転を見せる構成が秀逸です。幼少のころ、呪いの神社の存在を教えてくれた父もまた心の闇を抱えていたに相違なく、そうした黒い遺伝子を引き継いだ彼女と、寝たきりの父との隠微な関係が何ともゾクゾクする怖さを醸し出す、現代ホラーとしても十分に通用する一編でしょう。

「縁結び祈願」は、恋い焦がれていた男がいて、――というフウに恋愛要素を絡めた願いを物語の中心に据えているところは「安産祈願」と同様の風格ですが、こちらは素直に願いが成就したあとの展開に重点がおかれてい、そこへ現代的な男性像を表に出してヒロインが蟻地獄のような暗黒へと堕ちていく後半がかなり怖い。

最後を飾る「家内安全」は、前の「不老長寿」と同様、人それぞれの「幸福」というものについて深く考えさせる一編で、ありきたりの平凡な”家内安全”を願ってずっと苦労してきたオバはんが主人公。退職間近に突然会社を辞めて知り合いと起業するとハリきるダンナに、年上のアーティスト気取りのスケと結婚するとか言い出した息子に翻弄される彼女のささやかな「願い」がどのようなかたちで成就するのかが見所で、外から見ると悲壮な状況も、当人にとっては甘美な幸福かもしれず、……という見せ方に心がモヤモヤしてしまうこと請け合いの一編といえます。

いずれも人間の心の闇を照射した物語ながら、「願い」を「成就」させ、「幸福」を摑んだヒロインたちの結末について色々と考えさせられることが多く、イヤミスや現代ホラーにも通じるその黒さは、好き者にはタマらないのではないでしょうか。確かに作者らしいエロは皆無ですが、エロを介さずともこうした人間の心の奥底を見事に活写してみせる作者の筆致はやはりただものではありませんでした。これからも過去作をボチボチと当たりつつ、新作も追いかけていこうと思います。