特捜7―銃弾― / 麻見 和史

特捜7―銃弾― / 麻見 和史作者が得意とする警察小説の作風ながら、講談社ノベルズで続けられている「警視庁捜査一課十一係」とは異なるシリーズ。とはいえ、主役の男性刑事とコンビを組んでいるいっぷう変わった雰囲気の女刑事のキャラ立ちや、その犯人像などから「警視庁捜査一課十一係」との差異があまり感じられないというか……。とはいえ、巧みに構築された事件の構図には作者の実直さが現れていることもあってなかなか愉しめました。

あらすじは、警官が殺害され、拳銃を強奪されたところから連続射殺事件が発生。似顔絵書きを得意とする不思議チャンの女刑事とコンビを組むことになったと特捜刑事は果たしてこの事件を解決することができるのか、……という話。

捜査が進んでいくにつれ過去の事件が大きくクローズアップされてくるところなども、これまた「警視庁捜査一課十一係」にも通じる結構ゆえ、作者の講談社ノベルズの作品を読み続けている読者であれば既視感ありまくりの展開ながら、本作では拳銃強奪から射殺事件へと事件が大きく広がっていくなかで、連続殺人事件の全体を俯瞰したときに見えてくる不連続性や、事件の細部に鏤められたノイズのごとき違和感から犯人の真意と動機を繙いていく推理が秀逸です。

射殺事件が一転して、異なるコロシへと変転する様相から、果たしてそれが犯人の企図するものなのか、それとも犯人の過誤なのかを、現場の状況から推理していく丁寧な推理は「警視庁捜査一課十一係」にも感じられた実直さながら、あちらでは主人公のヒロインにもっぱら焦点を当てて彼女の成長を描いていく風格が全面に押し出されていた一方で、本作はシリーズ初回ということもあってか、特捜チームの刑事たちのキャラ立ちがやや過剰に描かれているところが新機軸。

似顔絵書きを得意とする女刑事はもとより、署内に女の花園設立を目論む女刑事など、チームとして行動する刑事たちがワイガヤによって捜査の過程で得た情報を組み合わせながら事件の構図を明らかにしていくところは、まさに警察小説の醍醐味ながら、個人的におやッ?と思ったのは、質実剛健を旨として真面目一直線なミステリをものにしてきた作者が、本作では初めてダメミス的ガジェットを大胆に盛り込んで新境地を見せようとしたところでありまして、

例えば捜査第一課の係長は、

「我々が行うのは組織捜査だ。おまえ、『百万一心』というのを知っているか。かの毛利元就が吉田郡山城を造るときに……」

「時間があるなら捜査の話をしろ。こういうときこそ、全員で力を合わせなくちゃならないんだぞ。毛利元就の『三本の矢』を知らないのか?」

と、いちいち小言をいうたびに毛利元就を引用したりと、「覇王」にも通じる歴史ネタを鏤めているかと思えば、聞き込みの途中でメシでも喰うかというシーンが挿入されると、

「コース料理か。ここにも書いてあるな」
屋形船で出る料理は、どこの船宿でも似た内容なのだろう。
「穴子の天ぷらが美味しいんですよ。あれ、船の上で調理するんですよね。揚げたてのふっくらした身を、濃いめの天つゆにつけると、じゅわっという感じで……」

などという食通ぶり(?)を不思議チャンの女刑事が語ったかと思うと、鰻重を二人前平らげた情報提供者の野郎に「お茶をもらうか。それともコーヒーでも飲むか」と主人公の刑事に訊かれて、「いや、抹茶のアイスクリームをふたつ」とここでも二人前を注文してみせたりというふうに、「食に対するこだわり」を見せているあたりで、数多のダメミスを通過してきたキワモノマニアは期待に胸を膨らませ、――もとい、不安を感じてしまうものの、しかし物語は後半に進むにつれて、事件の不連続性や違和の所在を巡って、犯人の倒錯した目論見が明かされていきます。そして真相開示の前には、犯人の次なる犯行予告とともに東京駅を舞台とした大捕物を展開させ、過去の事件のハウダニットにも繋がる趣向を明かしてフーダニットを開示して見せるスムーズな流れなど、映像的な見せ場にもしっかりと配慮した構成が素晴らしい。

過去の事件も絡めて事件全体の構図については、そうした物語の展開に相反して決してキッチリとまとめられたものではないのですが、このあたりにぎこちなさを感じてしまう読者もいるカモしれません。しかし、これは犯人の二つの企図、――すなわち過去の事件を明らかにすることによって”あること”を警察側に行わせるという真の動機と、自らの犯行を隠蔽するという実利上の計算の齟齬から生じるものであることに留意しておく必要はあるでしょう。捜査の側に見つけてもらいたい情報を大胆に開示していく一方で、犯行の過程で自らの痕跡を隠そうとするという、――犯人の側の危険な綱渡りは、捜査を攪乱しながらも、なかなか思い通りには動いてくれないという、不完全な操りを見せることになるわけですいが、こうした揺らぎを丁寧に描くには、本格ミステリよりもこうした警察小説の方が相性が良いのかもれしません。

実際、犯人の真の動機について、本作では、警察側が完全なる推理を披露するわけではなく、作中においては犯人の告白というかたちで読者に開示されています。かつて作者は『真夜中のタランテラ』で、こうした手法を採って、犯人の悲哀を見事に描ききってみせたわけですが、あちらに較べると本作の犯人は、……うーん、個人的にはあまり感情移入が出来なかったというか(苦笑)。このあたりの感じ方は人それぞれだと思います。個人的に『真夜中のタランテラ』はかなり好きな作品で、ある花が咲く季節になると、ふとこの小説のことを思いだしてしまうくらい偏愛している自分としては、『タランテラ』と較べるのはチとアレかなあ、――という気もします。

主人公の刑事と不思議チャンの女刑事のコンビはときにユーモアへと振られて漫画チックに流れたり、はたまた毛利元就ネタを得意げに語ることで作品世界をダメミスへと引き込んでしまう係長など、キャラ立ちに重点が置かれたところは作者の新境地ながら、作風の実直さは、「警視庁捜査一課十一係」にも通じるゆえ、作者のファンであれば安心して手に取ることのできる作品に仕上がっています。それと里中宏美という不思議チャンの女刑事の”里”と”美”という二つの漢字を含むその名前とそのキャラから、犬坊里美を連想してしまったことはナイショです。