少女キネマ 或は暴想王と屋根裏姫の物語 / 一 肇

少女キネマ 或は暴想王と屋根裏姫の物語 / 一 肇 この作者の作品は初めて。どこだったかは失念してしまったのですが、「乙一に似ている」という感想を見かけて手に取ってみた本作ですが、乙一以上に飄々としたかんじでありながら、ファンタシーから終盤で突然ミステリに転調する構成など、素晴らしい内容で堪能しました。

物語は、二浪して東京の大学に進学叶ったボーイが下宿に住み始めるも、その屋根裏に大和撫子の娘っ子が住んでいたから超吃驚。ボーイは親友の死に関してその謎を解くべく、この大学のキネマ研の関係者へと接触を試みるのだが、――と、いかにもミステリらしくまとめてみましたが、実際はというと、友人の死とかそうした謎が前面に押し出された風格ではなく、後半ギリギリにいたるまでは大和撫子の娘っ子と、ボーイの下宿仲間やキネマ研の連中とのドタバタも交えて日常が描かれた、多分に青春小説っぽい流れで物語は進んでいきます。

しかしこの青春物語は存外に心地よく、――その理由はいくつかあると思うのですが、まず文体というかその語り(実はここにもちょっとした仕掛けが隠されているのですが)が素晴らしい。おおよそ最近の小説とは異なり、キチンとかしこまった感じの地の文はもとより、イマドキの大学生にもかかわらず、主人公のボーイや大和撫子をはじめ登場人物がおしなべて昔の純文学を模倣したようなシッカリとした喋りをしているところから、物語世界は果たしてリアルに根ざした今を描いたというよりはどこかファンタジックな雰囲気を醸し出してい、そうした会話の風格がその実、作中世界における「あるものの正体」を隠蔽する仕掛けになっているところが秀逸です。

ここでは「あるものの正体」と濁した書き方をしましたが、大和撫子の正体については、その登場の仕方から果たしてこれはボーイの見ている幻想なのか、はたまた、……という謎が彼女の登場時点から立ち上ってくるものの、その姿がボーイだけではなく他の人たちにも見えていることから、幻覚であることはひとまずあっさりと否定されてしまいます。最後の最期で彼女の美しい正体を明かしてみせる構成は幻想ミステリにも近接した作風ながら、リアルに根ざした謎としては、この大和撫子の正体よりもやはりもう一つの、――主人公の友人の死にまつわるホワイダニットに関連した「あるもの」の真の姿でしょうか。この真相にいたるための伏線がかなり違和感の残る逸話として前半に明示されており、読んでいる最中はどこか飄々とした主人公の振るまいと奇矯な人物たちの行動からさらりと読み流してしまったのですが、なるほど、この逸話はこの真相の伏線だったのだなーと、会得した次第です。

後半で明かされる真相はいくつかの階層をなしており、亡くなった友人が遺した未刊の映画のシーンにまつわる謎の解明を経て、彼の死の直接的・物理的な原因を明かすとともに、その動機にまで踏み込んだところで、上に述べた「あるものの正体」が開示される展開は普通のミステリとしても十分に愉しめます。そしてそこから大和撫子の正体を明かしてみせることで、一気に物語を幻想小説へと引き戻してみせる転調が素晴らしい。もっとも古書店での不可思議な逸話が描かれた時点で、本作における立ち位置、――すなわち、完全に幻想を排除する物語なのか、それとも幻想を内包しながらファンタジーとして完結するのかについてはすでに前半で道筋がたてられているといってもよく、この大和撫子の正体そのものについて大きなおどろきはありません。むしろ期待通りの幕引きともいえるのですが、本作最大の魅力はエピローグで、主人公たちのその後を描いてみせたところでしょう。

古書店の逸話で幻想を受け入れるか否かについては、この物語の方向性をシッカリと指し示していた一方、これもまた上に述べた「あるものの正体」とともに、やや唐突なかたちで主人公が町中で大和撫子に出会うシーンが挿入されているのですが、このささやかな謎が解かれないまま物語は終わってしまうのかな、……と思っていたら、最後の最期に魅せてくれました。

まさに極上のファンタジーとして完結する結びが心地よい余韻を残す本作、ミステリとしても今フウの趣向を凝らした一編として十分に愉しめるし、さらにはその独特の文体によって描かれる青春物語をファンタジーへとまとめてみせた手腕は見事というしかありません。ジャケや、作者の出自から自分のようなロートルは苦手な若者向けの小説かナーと感じてしまうのですが、さにあらず。独特のリズムを持って書かれた戦略的な文体と、一昔前のようでありながら書かれている舞台は紛れもなく現代というミスマッチのが醸し出す心地よさは、オジサンでも引き込まれること請け合いという一冊です。これはオススメ、でしょう。