化石少女 / 麻耶雄嵩

化石少女 / 麻耶雄嵩電子書籍化を心待ちにしていた一冊。昨年に刊行された作者の作品としては傑作にして問題ともいえる『さよなら神様』がかなりのお気に入りだったりするわけですが、こちらの方はどうかというと……うーん、これ、かなり人を選ぶような気がします。

全身これ飛び道具で武装した『さよなら神様』に比較すると、探偵の造詣は化石マニアのお嬢様というもので、ある意味ありきたり。物語は、この化石オタクの娘っ子が学園で発生した殺人事件を推理するも、すかさずワトソン役の主人公にダメ出しされるという筋立てで、そうした話が六話収録されたあと、エピローグですべての構図をブラックなオチでひっくり返すという安心の麻耶ワールドの結構が秀逸です。

探偵とワトソンのお披露目ともいえる第一章の「古生物部、推理する」からして、仮面と外套という出で立ちの怪しい人物が犯人らしいとか、娘ッ子の古生物部に廃部に追い込もうとする生徒会の面々との対立構図など、多分に昭和漫画を彷彿とさせる風格がかなりアレ、――といいつつも漫画チックであるからこそ、探偵の奇矯さを演じている背後で進行する黒い企図が完全に隠蔽されている結構が素晴らしい、というか腹黒い(爆)。

探偵の推理も、フーダニットに関してはまず生徒会の連中が怪しいという前提ならぬヒドい先入観からスタートしているという点で、ロジックもヘッタクレもないのですが、しかしその思い込みによって構築される推理にはトリックも添えられてそれなりの外観を持たせているところが曲者で、ワトソンがあっさりとその推理の穴を指摘してチャンチャン、と物語はオチとなる、――そんな構成で第六章まで話がある淡々と進んでいくゆえ、一つ一つの事件と推理、さらにはトリックそのものに際だった個性はありません。

むしろ偏った先入観から犯人を特定し、この人物が犯行を行うのであれば、という前提と思い込みからもひとまず体をなした推理が紡ぎ出されるという作中の事実が、ロジックというもののいいかげんさや脆弱性を指摘しているという逆説が興味深く、最後のエピローグで第四章「自動車墓場」の事件をもう一度検証するところから、第六章「赤と黒」の事件が犯人の「告白」によって再構築される趣向も素晴らしい。そして過去の事件の検証によって明かされる事実は、読者のみならず、同時にこの「犯人」をも窮地に陥れることになるのですが、探偵がいうなれば”本職”の探偵ではない、古生物部の娘ッ子であるからこそ成立する隠微な「共犯」関係を明かして、あまりに本格ミステリ的な「犯人」と「探偵」、――そしてもう一つのある役割を交えて三位一体とした因業が未来永劫続けられるという結末……。もう、真っ黒であります(爆)。

探偵の立ち位置からロジックが成立し得る舞台そのものに奇矯な外観を持たせた『さよなら神様』に比較すると、事件とそれを推理する探偵がやや凡庸に見えるために、ビギナーには読み進めるのに辛く、またマニアとしても「探偵」小説としては一読した限りでは物足りなく感じられるものの、これを「探偵」の側からではなく別の角度から、――いいかえるとエピローグで明かされる「犯人」の立場から見直せば、相当のクセ玉であることが判ります。いや、むしろこの「犯人」だからこそ、この物語は「探偵」小説ではなく、(文字反転)「ワトソン」をメインに据えた物語であるともいうことができるのですが、この趣向がこの作品にちょっとだけ似ているというか。

――いや、むしろこの作品作者にたいして「そういうネタはね、こういうふうにまとめるものだよ。第二作で自虐ネタを披露していたようだけど、寒いだけだからもう少し次の作品はしっかりと考えて書くことだね」なんて作者はメルカトルのような皮肉っぽい口調で厳しいアドバイスをしているのではないか、なんて思えてしまうわけですが、そうした邪推を抜きにしても、やはり黒すぎる麻耶ワールドは一筋縄ではいかないことを痛感させる一冊ゆえ、作者のファン以外の方は心して掛かった方が賢明かと。普通にひねくれているけど明快な小説をご所望の方には『さよなら神様』をオススメしたいと思います。