背徳 濡れた共犯者たち / 大石圭

背徳 濡れた共犯者たち / 大石圭『躾けられたい』に続くTO文庫からの二冊目。「濡れた共犯者たち」という副題が示す通りに背徳的な行為に絡めて二人の関係を際だたせた物語が多く、なかなか堪能しました。収録作は、バカンスを愉しんでいるフウな年の差カップルの秘められた過去と絶望的ないまを綴った「僕たちはすぐに、いなくなる」、条件付きで結婚した二人の奇妙な性癖から仲睦まじき夫婦の様態を描き出した「奴隷と暮らす男」、宿泊したホテルの隣室から漏れ聞こえてくる嬌声に妄想を巡らせる作家の独白「壁の向こうと女と男」、カルトにカブれた男の犯行に至るゼロ時間までをサスペンスな筆致で描き出した「鮫」、義母との隠微な関係をはじめ、まさに背徳という言葉がふさわしい二人の関係をエロっぽい筆遣いで綴った三話「三つの背徳」、ムードメイカーのやんちゃボーイにホの字となった女教師の法悦と奈落「女教師の夢」の全六編。

冒頭を飾る「僕たちはすぐに、いなくなる」は、あとがきを読むと、文藝賞を受賞したすぐ後の作品ということで、大石氏にとってはかなりの初期作ということになるわけですが、母子相姦を中心的モチーフにすえた作風は『殺人勤務医』をはじめ、氏の代表作ともいえる長編にしっかりと引き継がれており、そうした意味ではかなり重要な作品といえるカモしれません。自分を捨てた母親を思慕するボーイがやがて彼女を探しだし、関係を持つにいたるまでの過去と、二人でバカンスを愉しむ現在が平行して綴られているのですが、現在へと時間が近づくにつれて、「ここ」に至るまでに犯したある行為が明かされていく展開はサスペンスフル。傑作にして氏の代表作ともいえる『アンダー・ユア・ベッド』と比較すると、『アンダー』がいわばその行為を終結点として「絶望的なハッピーエンド」を起点に据えた構成とすれば、本作ではその行為そのものを中間点に置いたことによって、後日譚として語られるべき物語のさらに「その先」を、タイトルにある「すぐに、いなくなる」未来として暗示してみせた結構が素晴らしい。傑作でしょう。

「奴隷と暮らす男」は、あるプレイを受け入れることを条件に結婚した夫婦の「仲睦まじき」日常を切り取ってみせた好編ながら、このプレイには既視感があるような、――とはいえ、お馴染みの口虐、肛虐をシッカリと凝らして大石ワールドらしいSMプレイも据えて、プレイから日常へと回帰した後のマッタリした時間の流れを余韻に据えた結構が微笑ましい。

「壁の向こうの女と男」は、沖縄のリゾートホテルに逗留している作家が、隣室から漏れ聞こえてくる嬌声の出で立ちから、二人の背景を妄想する、――という話。収録作のなかではかなりの小品といえ、大きな驚きもないのですが、最後の最期で「僕たちはすぐに、いなくなる」にも通底するモチーフを明らす趣向が心憎い。

「鮫」はこの中ではかなりの異色作ともいえる物語で、カルトにハマった男が命じられるままに人類救済とは名ばかりの殺戮行為を繰り広げるまでの瞬間を描いたもので、おそらくこれは作者である大石氏が、とあるテロ事件の犯人と知り合いだったことから着想を得た作品ではないかと。エロはナッシングゆえ、背徳ではあるものの「共犯者」たちはマッタク「濡れて」いないので、取扱注意とでもいうべき一編でしょうか。

「三つの背徳」は、忍、操、聖という三人の女性と語り手の隠微な関係を綴った物語で、義理の母親や友達の母親など、完全に官能小説のプロットを借りてきたものながら、エロはあくまで二人の「共犯的」な関係性を際だたせるために用いられているところが大石小説。確かに陵辱、官能シーンはテンコモリながら、官能そのものを描きたいのではなく、官能によってしか描きえない人間の業や深淵こそが物語の本懐であるところは期待通り。実際、官能シーンは毎度のサンプリングを効かせた大石ワールドゆえ、そこに新たな趣向が付け加えられているのでは、なんて仄かな期待を寄せて本作を手に取られた方は要注意でしょうか。

最後を飾る「女教師の夢」は、男性経験ナシというバージン女教師が、年下の教え子に誘惑されて、――とまさに正調官能小説を地で行く展開がキモ。実際、いやよいやよといっておきながら、年下ボーイに唇を塞がれてしまえば即、腑抜けになってアソコを濡らしてしまうというヒロインの甘えっぷりは完全に一昔前のフランス書院やマドンナメイトのソレ(爆)。また、執拗にヒロインへ迫る同僚の教師がひどい口臭をまき散らしながら、二人の秘密を暴露してやるとばかりに彼女を脅して陵辱したりと、王道を行く展開は苦笑至極ながら、悦楽と堕落の果てに、タイトルにある「夢」が空しく響く無常な幕引きがもの哀しい。

副題の「濡れた共犯者たち」とはやや風合いの異なる作品が収録されていたりと、散漫な印象も感じられるものの、大石ワールドのエキスをググっと濃縮してみせた冒頭の「僕たちはすぐに、いなくなる」と、正統官能小説ともいうべき「女教師の夢」の無常観を堪能するだけでも本作は買い、ではないでしょうか。オススメです。