わけあって『神狩り』とともに、山田正紀の初期作を必要にかられて再読、――とはいっても、読んだのが大昔のことなので、内容はスッカリ忘れておりました。物語は、ヒョンなことから綺麗な少女を車ではねてしまった主人公は、友人の医者に彼女を診てもらうのだが、普通の人間と体組織が異なるこの少女は失踪してしまう。やがて友人の医師が逮捕され、その妻も殺されるにいたり、彼は少女の背後に蠢く陰謀劇へと足を踏み入れることになって、――という話。
少女がフツーの人間ではない、実はアレで、……というところはSF仕立てながら、物語が事件の謎を追う主人公の視点で進んでいくハードボイルドタッチであるところは『神狩り』にも通じます。ただ、あちらに比較して主人公がより一般人に近いところが本作の趣向で、組織のアジトで捕まって手ひどい拷問を受けるところや、裏切りによってまたまた主人公の立場が暗転しかかるところなど、要所要所に見せ場を用意した展開は壮大な大風呂敷と世界観でマニアを欣喜雀躍させるここ最近のSF(?)とは少し風合いが異なり、自分のようなミステリ寄りの読者も十分に愉しめます。
確かに中盤、アジトにとらえられた主人公が、敵方から失踪少女の秘密にまつわる講釈を受けるところにやや難解なところはあるものの、少女の正体については幻想小説の古典に通暁したものであれば存外に馴染みのあるもので、それほどの違和感はありません。むしろ少女の特異体質である「眠り」をそうした古典のモチーフから巧みにそらして、タイトルにもある「氷河」と絡めてみせることで、人類の危機を描き出してみせたところが素晴らしい。
また、ミステリらしいフーダニットが最後の最期にさらりと明かされるとともに、少女の秘密を解き明かすためのあるブツに隠された趣向がいかにもミステリらしく、ニヤニヤしてしまうこと請け合いです。『神狩り』が神と人類を対照させて、背後に拡がる壮大な物語を予感させつつも、一人の人間の視点から人類のささやかな抵抗を描き出したのと同様、本作でも少女の利用価値を巡って、組織の対立から物語が展開されていきつつも、その原動力は主人公のある女性に対する極私的な思慕だったというふうに一人の個人へと立ち戻っていく趣向がいい。半村良しかり、この頃のSFはヨカッタよなあ、……とひとしきり中学、高校時代の大昔を思いだして感慨に浸ってしまいました。今のヤングがこうした旧作にどういう印象を抱くのかはまったく判らないのですが、自分のようなロートルであれば、既読の方でもおそらく物語の細部はボケがまわって忘れているかと思うので、かなり愉しめるのではないでしょうか。今回は、幸い、電子書籍で簡単に手に入れることができたので、大きな文字で読むこともできたし、出版社はこうした名作、過去作をジャンジャン電子化してほしいと切に願うのでありました。