江戸川乱歩怪奇漫画館 / 古賀 新一

江戸川乱歩怪奇漫画館 / 古賀 新一我らのコガシン先生が乱歩の短編を漫画にしてみましたッという一冊。ジャケの絵がその色合いとも相まって、なんだか永井豪みたいなのはご愛嬌ながら、収録されている三編のうちもっとも長い「陰獣」に関しては、先生の個性であるおどろおどろした絵柄を封印してシリアスに話を展開している一方、「屋根裏部屋の散歩者」では、原作の流れを完全にブッチ切り、先生ならではのパンキッシュなストーリー展開を爆発させていたりと、なかなか読みどころの多い一冊で、堪能しました。

収録作は、乱歩の短編・中編としては、あらすじを書くまでもなく有名な「屋根裏部屋の散歩者」、「人でなしの恋」、「陰獣」の三編なのですが、上にも述べたとおり、冒頭を飾る「屋根裏部屋の散歩者」に関しては、主人公が同じアパートに住む美女のストーカーに成り果ててい、彼女をコッソリと、しかし執拗につけ回して、――というふうにコガシン先生ならではの改変が行われているところに要注目でしょうか。さらにいえば、本編には明智小五郎のアの字も登場せず、主人公が奇妙なドッペルゲンガーに悩まされていたりと、犯罪小説というよりは完全に怪奇物語になっているところが面白い。最後のオチにいたっては、犯罪を犯した主人公の罪の告白など聞けるはずもなく、コガシン先生の短編ではお馴染みもお馴染みのドロドロの奈落が待ち構えてジ・エンドというトバシ方も微笑ましく、乱歩の原作よりももっと激しいのをご所望の方であればまずはマストともいえる一編に仕上がっています。

続く「人でなしの恋」は、かなり原作に忠実で、エコエコアザラクの前期あたり、――すなわち自分の世代がコガシン先生の画の最盛期と確信する時代の(失礼)タッチで、ブスでも美人でもない、ごぐこく普通の未亡人が、かつての夫の秘密を語り出すという結構も原作通り。ヒロインのフツーっぽい見てくれとは対照的に、夫が蔵の二階で逢い引きをしている”浮気相手”の美しさもコガシン先生ならでは。ブチ切れたヒロインが棒を振り上げてバキィッ!と凄まじい所業に出たあとの、奇妙にねじくれた肢体の気味悪さと、ラストの一コマで語りとともに描かれるキモチワルイ顔の対比など、原作では人妻の哀切をにおわせる語りの作法などブッち切って、漫画ならではの薄気味悪さを前面に押し出した幕引きが微笑ましい。

続く「陰獣」は三編の中ではもっとも長く、――実際、乱歩の原作も短編というよりは中編の部類に入るかと思うのですが、ここでのコガシン先生の絵柄はかなり抑制されていて、物語の展開に集中できるように配慮されているところがなかなかイイ。コマにおいても、例えば、主人公である作家の語り手とヒロインが博物館で出会うシーン、――『そこには、今の菩薩像と影を重ねて、黄八丈のような柄の袷を着た、品のいい丸髷姿の女が立っていた』ところを忠実に絵で再現しているあたりも秀逸です。

原作だと、鞭で美女を叩くシーンなど、ガキのころに読んだ原作にはもう少しエロチックなイメージがあったのですが、美女をエロく描けるコガシン先生にしては、上にも述べたとおり、本編の絵柄はストイックな感じに仕上げてあるため、人妻もせいぜいがはだけたシーツからミミズ腫れのある背中を見せているだけ、というところがやや物足りないものの、原作のサスペンスを際だたせた雰囲気は、その抑制的な絵柄からかなり忠実に再現されているように感じました。

原作を十分に知っている、自分のような年配の読者であれば、乱歩の原作ならではの作風とともに、コガシン先生ならではの爆発ぶりを同時に堪能できるという意味で、かなりお得に感じられる一冊といえるのではないでしょうか。オススメです。