風の扉 / 夏樹静子

風の扉 / 夏樹静子台湾ミステリの傑作であり21世紀本格の大きな収穫ともいえる林斯諺の『無名之女』、――今一度この作品の技法について考えるための比較として、ざっと本作を再読しました。もう読んだのはずっと昔のことでしたが、元ネタだけはシッカリと覚えていました。それだけ強烈だったというわけですが、結論からいえば、やはり今でもこのままだとマトモなミステリというよりは完全にトンデモだよなァ……と感じた次第(爆)。

物語は、工芸界の大御所から破門された野郎が復讐のため、お師匠をメッタ刺しにして殺害するものの、なぜか死体は発見されず、彼の死亡も報道されない。なぜと思ってお師匠の家をコッソリ盗み見ると、なんと、自分が殺した筈のお師匠が生きていて、――という話。

この大御所と破門野郎の逸話と平行して、某病院での不審死などが描かれていくのですが、その経過から明かされてる死体の謎が最高にキモチワルイ。自分が見慣れていた筈の人物の足が妙に小さくに感じられたというのがそれなのですが、見間違いじゃなくて実は、――という真相はもう完全にリアリズムなどブッ飛ばして恐ろしい方向に流れていきます。コレ、最先端の医学といっても、やはりこのモチーフそのものを剥き出しの形で現実世界のミステリにまとめてしまうのには相当な無理があり、バカミスか、はたまたホラーへ傾斜するしか読者を納得し得る術はないような気がするのですが、いかがでしょう。

一応、これだって可能なんだよ、というのがひと昔前に成功した事例の図解つきで最後にさらりと描かれているのですが、そういえばつい最近、某国の医者がこの術式をやってみたいと宣言した、という記事を眼にしたような……。とはいえ、センセーショナルな記事として耳目を集めるくらいにトンデモなわけですから、やはりこのままのかたちで読者がなるほど、と膝を打つのは難しい。

もっとも本作を医学ミステリーとしてとらえて、さらにこの術式が実際に可能かもれないカモしれないよ、――ということを前提とした場合、例えば死んだ筈のお師匠が生きているというありえない状況において、このトンデモな真相を隠蔽しつつ、その身体の部位の違和から十分にありえそうな術式が行われたのカモよ、と読者を誤導させる手際には注目で、初読であればこのセンから死者の復活を確信して読み進めていってしまうに違いありません。

再読をしてもなおトンデモな真相を超えて個人的に惹かれたのは、この術式が成功したことを前提としてもなお残る生命倫理の問題が鮮やかに明示されているところで、お師匠復活の陰で隠微に進行していたもう一つの手術をされた人物の関係者がその点について煩悶する後半のシーンは強い印象を残します。

ジャケ帯は「医学ミステリーの金字塔」ですが、医学ミステリーというよりは、そのネタは完全にホラーへと突き抜け、そこに術式の方法も交えて現代医学の知見が語られている謎解きの部分はリアリズムを備えた本格ミステリというよりはむしろSFに近いような気がします。山田正紀だったらもう少し違う描き方をしたんだろうなァ、……ということをつらつらと考えながらも複雑な読後感を残した本作、かなりの色モノ、医学ミステリーとしても相当の曲者であるため、完全に取扱注意ということで。