怪作にして傑作。これはかなり読者を選ぶだろうなァ、……とニヤニヤしてしまう逸品ながら、自分は堪能しました。あらすじを強引にまとめてしまえば、嵐の山荘モノをそのまま丁寧にトレースした殺人事件が進行していくなか、早い者勝ちでその真相を見破ったものが勝利者となるテレビ番組『ミステリー・アリーナ』の実況を描いたもの。
そもそもジャケ帯にデカデカと書かれた「多重解決の極北!」という惹句が勇ましく、マニアであればこれだけでもう、相当に期待してしまうわけですが、個人的に本作の凄いところは、多重解決ネタ”そのもの”よりも、多重解決の新しい趣向を生み出すためだけに、本格ミステリー構造の再構築を大胆に行ってみせたところだと思うのですが、この点については後述します。
いかにもそれらしい描写からしずしずと始まった推理劇が第一の人死によって一変、妙に明るいテレビスタジオの実況へと移行する展開もステキなのですが、一読するだけでいかにもありきたりな問題編に彩りを添えるのが、ミステリ読みのプロたちによる謎解きの大盤振る舞いで、本作の場合、ここに”早い者勝ち”というルールをくわえることで、本格ミステリーの基本構造たる「謎―推理―解決」という流れを完全にブチ壊しているところが新機軸。
そもそも問題が完全に終わっていないところから解決が始まってしまう構成ゆえ”多重”も何もあったもんじゃないわけですが、こうした斬新にして破壊的な本作の結構に隠された仕掛けを読者にいっさい気取らせないよう、『ミステリー・アリーナ』というテレビ番組の外枠を設けた作者の企みは素晴らしいの一言。もちろんこの奇態な結構にもキチンと「真相」が用意されているのですが、同時にこの「真相」が作者らしい最近のミステリ批判やテレビ批判になっている構成など、全編これ伏線という本作の本格ミステリーとしての趣向のみならず、その狙いにも無駄のない構成が光ります。
あえて「真相」を語らないことによって、すべての「解決」を等価値のものにしたり、あるいは「真相」が明かされたあとに余剰を添えることで物語の背景を拡げてみせたり、あるいはSFの趣向を借りることによって「解決」を分岐させたり、あるいは「推理」と「解決」そのものをごっそりとそぎ落としてそれらを読者に委ねてみたりと、――様々な試みによって「謎―推理―解決」という本格ミステリーの基本構造から新しさを生みだそうとした先人たちとはまったく異なるアプローチ――すなわち「謎」と「解決」を併置することによって「推理」のプロセスを極大化させるという本作の趣向は、多重解決における「解決」数の数倍増しといったインフレを回避しながら、まったく新しい鉱脈を探り当てたという点でも後世に語り継がれるべき作品といえます。
もちろんこうした大枠の構成のみならず、分割された「問題編」に隠された伏線が回答者たちの推理によって回収され、そこからまったく異なる様相が立ち現れるという本作の仕掛けそのものにも読者を飽きさせない遊びがテンコモリで、とくに叙述トリックに注力した推理がクラニーを彷彿とさせるバカミスへと突き抜ける中盤からは抱腹絶倒の超連打。傍点つきでその存在が再三にわたって繰り返される”たま”については苦笑、爆笑の連続で大いに愉しませてもらいました。
こうした大技、豪腕によって本格ミステリーの新たな地平を切り拓いた傑作にしては存外に結末がアッサリした薄味風味でまとめられているあたりに不満を持たれる読者もいるのではないかと推察されるものの、『ミステリー・アリーナ』というテレビ番組を外枠に凝らした趣向そのものが、上にも述べた本格ミステリーの構造破壊を行う上での必然だとすれば、この軽さも個人的には納得できるのでは、と思うですがいかがでしょう(もっともこの軽さは筒井康隆を意識したものなんじゃないかナーとも感じられます)。
本格ミステリーの構造破壊と再構築に挑戦した大胆さ、そして叙述トリック批判がバカミスへと突き抜けるクダらなさ、さらには昨今のミステリー批判とテレビ批判が爆発する批評精神の過激さなどの魅力がタップリ詰まった本作、作者のファンであれば文句なしに買いでしょうが、作中に登場するような重度の本格ミステリーヲタで、「とにかく新しいものをもっともっとッ!」「ハゲしいのをもっと読ませてくれい!」という中毒者であれば、今年の注目作として本作を決して外すことはできないでしょう。本年度最大の注目作のひとつにして、その本格ミステリーの構造破壊という点においてかの『イニシエーション・ラブ』と並ぶ歴史的な一冊、――というのは大袈裟でしょうか(爆)。強力にオススメながらかなりのクセ玉なので取扱注意ということで。