呪文 / 星野 智幸

呪文 / 星野 智幸2015年度の話題作ということで購入。あらすじ紹介や選評を眼にして、なんとなく不条理ホラーっぽい雰囲気を期待していたのですが、予想は良い意味で裏切られました。物語は、すっかり廃れた商店街の再活性化を目指す男が、自分の店にイチャモンをつけたクレーマーをネットで撃退。それをきっかけに彼は独裁的な方法で商店街を刷新していくうちに、キ印の自警団も組織されて、――という話。

各所で紹介されているあらすじなどをざっと見た限りではと、独裁者めいた主人公が台頭していく過程を描いた物語かと思いきや、さにあらず。その筆致はむしろ、独裁者と、彼に共鳴して次第に暴走していく連中や、皆と違って今一つ独裁者の主張に賛同できない優柔不断なモジモジ君など、様々な登場人物たちをやや高い視点から見つめつつ、その流れが行き着く先をじわじわと描き出していくという構成になっています。

もう少しエンタメを期待した読者に阿って、独裁者の視点から彼の恍惚と困惑を描き出したり、あるいはその台頭と崩壊までをスペクタクルに活写したりといった構成も考えられた筈ですが、独裁者の思惑を超えて自警団の連中が暴走していき、一般大衆を代表するモジモジ君がそれに呑み込まれていく展開などが、ホラーやミステリーを読み慣れた者にとってはかなり淡々と描かれているところが本作の独自色でしょうか。

物語が進むにつれてその視点はモジモジ君にフォーカスを当てて、彼の苦悶を中心に描かれていくのですが、カラにはその死の一歩手前で救いの手が差し伸べられます。しかし命を救われても、自己決定を果たせなかったことに悶々とする彼の反応が凡夫らしくてイイ(爆)。興味深いのは、商店街のリーダーとして君臨し次々と強引な一手を繰り出していく独裁者の男しかり、暴走していく自警団しかり、いずれにも明確な悪意というものが存在せず、大きなうねりの中で独りよがりな啓示を受けた彼らひとりひとりが全体として奇妙なムードに流されていくという展開でしょうか。物語に登場する人物の中では、この狂気が生まれるきっかけを作り出したクレーマーが唯一の悪意を象徴する存在かと推察されるものの、彼自身もまた軽いノリでネットに炎上となるネタを投入しただけに過ぎません。このあたりが非常にリアルというか、非小説的というか――。

クレーマーがホンの些細なことでイチャモンをつけ、軽いノリでネットにその不満をぶちまければ、これまたあっさりと炎上し、この騒ぎをきっかけにーわッと人々が商店街に押し寄せる。当のクレーマーが自警団たちによってアッサリと会心されられ、洗脳されてしまうなど、すべてが性急で、カジュアルで、皮相的で、そこには小説に期待される深みもコクもありません。実際こうした本作の風格に不満を抱いて面白くないと貶めている方々も散見されるものの、それは小説的欠陥というよりはむしろ、この物語が現実世界の”リアル”を正確にトレースしようとした結果ではないかナ、と思うのですがいかがでしょう。逆にこれを小説としての欠陥と錯覚されることこそが作者の戦略であり、またこれにいともあっさりと欺されてしまう読者に対して警鐘を鳴らそうというのが本作のテーマなのではないか、……と感じた次第です。そういう意味ではエンタメではないし、また決して”心地よい”小説ではありませんが、この淡々とした展開からほの見える気持ち悪さは一読の価値アリ。作中の登場人物たちのように無闇に流されない、ひねくれた読者にオススメしたいと思います。