『銀河探偵の推理』に続く、名手・麻里邑圭人氏ののkindle本第二弾。『銀河探偵』が連作短編だったのに対して、こちらは「サクラサクミライ」などの初期作を含むオーソドックスな短編集で、収録作は、ホの字のあの子にコクるよう友人からけしかけられた語り手の青春物語に騙りの技巧を凝らした哀切漂う一篇「サクラサクミライ」、母を慕う語り手の思いと過去とを交錯させながら、カニバリズムの死の真相にまつわる冷徹なホワイダニット「カニバリズム狂騒曲」、夫を亡くしながら一人で娘を育てる語り手の心の闇「わたしだけを……」。
探偵vs犯人の構図の逆転から哀切溢れる幕引きが美しい麻里邑ミステリの傑作たる一篇「閉ざされた輪の中で」、”迷路館”での殺人事件に元カノから依頼を受けた語り手が犯人捜しを行う展開の中に、タイトルにも絡めた仕掛けが見事に決まる「わたしだけが知っている――綾辻行人を読んだ男」、田舎娘に降りかかった悲劇の真相に麻里邑小説の鬼畜ぶりが遺憾なく発揮された秀作「悪魔」、手足切断魔の熊男に監禁された少女たちに降りかかる受難「檻の中の少女たち」、失踪していたアイドルの死に殺人鬼の語りが哀しい真相へと転じる傑作「僕との彼女の物語」の全八編。
「サクラサクミライ」は、以前に『非実在探偵小説研究会 ~Airmys~ 弐號』を取り上げたときにも少しだけ言及しましたが、確かこの短編が自分にとっては麻里邑ミステリの初体験。この作品の印象が強かったためか、氏の作風といえば、謎解きの趣向によって「取り戻せない過去」を明かし、そこから悲哀溢れる真相が繙かれる、――そんなイメージがあるのですが、本作と「閉ざされた輪の中で」はまさにそうした物語をめイッパイ堪能できる一編へと仕上がっています。確かに今こうして読み返してみると、「サクラサクミライ」は好きな人へと告白という青春小説の風格を正確にトレースした展開がやや青臭く感じられるものの、それゆえに最後に明かされる真相がストレートに効いてくるというシンプルイズベストな逸品でしょう。
「閉ざされた輪の中で」も今回読み返しての一編となりますが、やはり探偵と犯人の対決が推理合戦を経過することでその役割が逆転し、「語り」もまた見事な反転を見せるという構成の素晴らしさに、うまいなと感嘆することしきり。個人的にはかなり好きな一編です。
「僕と彼女の物語」もまた、その人への「想い」が哀切極まる真相を明らかにする物語で、本格ミステリーの趣向で言えば、女性のある肉体の一部を切り取る殺人鬼の語りによって進められていく物語の中に、主軸となる事件の謎を隠蔽してしまう技法が光っています。タイトルにもある「彼女」の死について語り手の口から明かされたあと、真打ちの探偵が登場して、この事件の「謎」そのものを読者の前に明示してみせるのですが、ここから繙かれる犯人の動機が哀しい。犯人が連続殺人鬼であったから”こそ”、本当に隠しておきたかったものを守り通すため”だけ”に、この犯行に着手した犯人の決意。そして余韻を残す「彼女」の台詞と、彼の一言――まさに本作を最後に飾るにふさわしい傑作でしょう。
個人的なお気に入りは「僕と彼女の物語」、「閉ざされた輪の中で」、初読の強烈な印象が忘れがたい「サクラサクミライ」でしょうか。一方、技巧面で際だっているのは、そのどんでん返しとタイトルに絡めた語りの趣向が言いがたい余韻を残す「わたしだけが知っている――綾辻行人を読んだ男」。ショートショートよりやや長い「悪魔」はワン・アイディア・ストーリーのショッカー的な結末を見せながら、グロではない鬼畜という点でこれまた強烈な読後感を残します。
『銀河探偵の推理 』ともまた違った魅力溢れる短編を取りそろえた一冊で、氏のファンならずとも案外、”泣き”の本格ミステリーを所望の読者の方にも広くアピールできるような気がします。オススメでしょう。
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非実在探偵小説研究会 ~Airmys~ 弐號