黄泉醜女 / 花房 観音

黄泉醜女 / 花房 観音おそらくホラー、なのだと思います。あらすじは、リアル世界でも話題となったあの毒婦をもとに、その女の事件をノンフィクションとして書くことをすすめられた官能小説家が、言い出しっぺのフリーライターとともに関係者へのインタビューを試みる、――という話。

あんなコニーのどブスな女になぜ男どもは惹かれ、あまつさえ金を貢いで殺されたのか、という事件そのものに対する疑問はもちろんあるわけですが、そうしたミステリー的な謎よりも、彼女のことを知りたいという気持ちの奥底に、女、おんな、オンナならではの嫉妬があり、……というところを語りのリレーで解き明かしていく構成が心憎い。この「嫉妬」という、男にもななんとなーく理解できる感情は、何人かの女性に対するインタビューを経ることで、もっと深くて、黒い感情であったことが次第に明らかにされていくのですが、こうした女の「嫉妬」ともう一つの感情からたぐり寄せられる謎とともに、なぜ毒婦は男たちを殺したのか、という謎が通奏低音のようにたびたび語られていく趣向が興味深い。この問いは、最後に「彼女が」という毒婦を主語とする言葉から、「男が」というフウに男を主体にした表現で語られることで、一つの推理へと帰結します。これが本作に通底し、また女たちの語る逸話の中でたびたび、そして唐突に語られる「死」と深いところで繋がっている趣向が素晴らしい。

そしてもう一つ、本作の構成で注目するべきは、作者を模したとおぼしき官能作家、詩子の造詣が、女たちの語りを経てから、不気味に変化しているところでしょう。「序章」の「さくら」という、ある男性の語りの次に添えられた第一章「桜川詩子 四十二歳 官能作家」の章では、詩子にこの仕事を持ちかけたアミと近い立ち位置から毒婦を見ていたのが、「終章 さくら」ではすっかり様変わりして、むしろアミを脅かす存在へと変貌している、――これはもう、裏切られたというか、ヤられたというか……。毒婦の生まれ故郷を訪れたシーンを経て、詩子とアミにはある種の共感が生まれて幕となるかと思っていたら、これですかッ! と読者の「共感」などマッタク無視してホラーへと転げ落ちていく展開には完全に口アングリ。お見事、というほかありません。

物語に登場して毒婦の逸話を語る女たちは、――あくまで男性視点ではありますが、なかなかに共感できるところが多かったです。とくに「東京」で必死に生きている人材派遣会社を経営する由布子は、男性から見るとけなげに映り、アミと同様、「東京」で生きるその必死さな姿にはかなり惹かれるものがありました。しかしながらここは花房ワールドですが、こういう女性が報われることは決してありません(爆)。

官能小説としては、詩子の過去の逸話にエグいプレイが語られるくらいで、それほどどギツイものはありません。それよりもむしろ、毒婦の母親が語る娘と夫の不気味な逸話など、本作ではホラーな趣が際だっています。実際、物語の最初には「こちら」にいたと思われた詩子が、物語の終盤には毒婦と奇妙な重なりを見せながら、もののけのような何者かへと変じて幕となる本作は官能小説というよりは、ホラーとして読まれた方が愉しめるカモしれません。女、おんな、オンナならではの苦悩と暗い感情を鮮やかに、そして不気味に描き出す筆致はまさに観音小説ながら、その質感は官能よりは明確にホラーという点では、異色作といえるのではないでしょうか。オススメです。