藤原新也・書行無常展とトークイベント(ゲスト A-CHAN、伊原美代子、林ナツミ) その2

前回の続きです。トークショーは五時半頃から始まったのですが、向かって左側に奥から林ナツミ、伊原美代子、A-CHANの三氏が座り、藤原氏と司会の沖本氏は右側、そして真ん中にはスクリーンが据えられ、PCで三氏の写真を見せながら様々な話をする、――というふうに進められていきました。沖本氏による今回の展示についての感想にはじまり、藤原氏自身がこの書行無常展どのように愉しんでもらいたいかということについて述べたあと、続いて三氏に今回の展示の印象を尋ねたり……といったふうにひとしきり今回の展示の話を終えると、ここからが今回のトークショーの本番。

三氏の写真を見せつつ、藤原氏がそれぞれの写真について感想を語っていったのですが、写真のインパクトという点では林ナツミの浮遊少女はかなり強烈。林氏は今回の書行無常展の感想を述べたところで、自身の写真技法と今回の展示における藤原氏の写真には相通じるものを感じる、――というようなことをさらりと語っていたのですが、後半、この浮遊少女の苦労話なども交えつつ、その写真のスタンスについて述べていた内容が印象的でした。ちょっと強引にまとめると「自分を被写体として作品の中に残しておきたいという欲求(自我)はあるのだけれども、そうした自我が出てくると作品は台無しになってしまう」とのこと。

これを受けて、藤原氏は「そうした姿勢は書にも通じる」とコメントしていたのですが、これは書に限らず氏の撮影技法にも通じるのではないかナと感じた次第で、たとえば「カメラを覗いているときは一切思考しない」という氏の言葉などは、上の林氏の姿勢とも相通じるものがあるような気がするのですが、いかがでしょう。

今回のトークイベントについて「女性カメラマン」というふうに「女性」と区別されていることに初ッパナから憤慨していた(苦笑)伊原氏。トーク・ショーがはじまる前に、舞台の中央スクリーンには彼女が撮影した一枚のモノクロ写真がしばらく映し出されていたのですが、これがイイ。おそらく空だと思うのですが、それを背に一人の老女が手を合わせている姿を正面から撮したもので、構図もさることながら、この背景の空が荒ぶる海のようにも見えてくる。

藤原氏が「あなたの今回の写真集は癒やし系みたいなかんじで話題になっている」みたいに水を向けると、「女性カメラマン」という言葉に続いて「癒やし」という言葉にもカチン、ときた伊原氏が「癒やしとかじゃないですッ」みたいに反駁しているようすがちょっと可愛かった(爆)。『みさおとふくまる』について藤原氏は「二つの生きているものを見事に写している」みたいな感想を述べていたのですが、藤原氏の写真と彼の技法を知っている人であれば、撮ることによって被写体を――たとえば猫であればネコという言葉から開放してあげるのだ、……という氏の言葉を想起したのではないでしょうか。

彼女のモノクロ写真はサイトとかで眼にしていたのですが、いくつかのモノクロ写真には何か切迫したようすでシャッターを押しているような雰囲気が個人的には感じられ、実は巷では「ふくまる萌えー」みたいな癒やしの写真として紹介されていることにやや違和感を覚えていたわけですが、……この『みさおとふくまる』の話をしているときには、自分が伊原写の写真に抱いた切迫感みたいなものの正体は判然としなかったものの、後半、今回の震災と、写真家は「いま、ここ」にいかにしてコミットしていくのか、というところに話が及ぶにいたってようやくその謎が解けた次第。

今回の震災をきっかけに彼女はこの「いま」の景色を写真として遺しておくため、駆り立てられるように祖母と房総の「いま」を撮るようになった、――とのこと。その言葉になるほど、と納得。トークが進むにつれ、最初の方は「ほっこり写真」といわれて眦をつりあげていた彼女が、最後の方では「見ているひとにはほっこりしてもらいたい」と前言を翻すようなかたちで自らの決意を語っていた姿が非常に印象的でありました。

「いま、ここ」に写真家としてどうコミットしていくのか、という点については、震災直後に「何かをしなければいけないという強い思いはもちろんあったが、自分は今までどおりに飛びつづけようと思った」と語っていたのは林氏。「日常」の中に浮遊少女という「非日常」を組み入る作風を持つ彼女曰く、それでも「日常」であるべき写真の背景は震災後に変わっていったとのこと。

コミットしていくという意識を持たずとも、写真はそうした日常の変化と、いままでの「日常」であった景色の喪失をはからずも写しだしてしまう……そこで伊原氏はその喪失し溶解していく景色を切迫感とともに写真におさめようとし、林氏は淡々と、しかしその背後には強い決意をもって、喪失していく日常の中で非日常を活写していく。写真家というものの業について、ド素人ながら色々と考えさせられる話でした。

A-CHANは911のときには日本にい、今回の震災のときにはアメリカにいたとのことで、こうした大きな事象を写真家は外からどう見るのかという点について、伊原氏や林氏とはまた違ったスタンスで語ってくれたのですが、彼女については、藤原氏がひとしきり写真を見終えたあと「あなた、基礎体温が低いんじゃない?」と指摘していたのにチと苦笑(爆)。

ゲストが三人三様、いずれも個性的な面々だったので、話をうまく繋げていくのはかなり難しかったのでは推察されるものの、個人的にはかなりかなり愉しめました。特に林氏と藤原氏の写真技法に共通項が見いだせたところと、自分が伊原氏のモノクロ写真を見たときの第一印象の謎が解けたところには大満足。いままで写真関連のイベントにはあまり足を運んだことがなかったのですが、また機会があれば是非とも参加したいと思います。