白椿はなぜ散った / 岸田 るり子

傑作。岸田女史の作品に駄作ナシ、をまたまた証明してみせた逸品で、堪能しました。版元は徳間ではなく文春ですが、徳間の長編三部作(と勝手に命名)『めぐり会い』『天使の眠り』『Fの悲劇』と並ぶ、――いや、悲哀と慟哭という点では過去作を軽く凌ぎ、そこへさらにやるせない苦みをもくわえた一冊です。

冒頭の語り手はキモ男で、おフランスが入った幼なじみのハーフっ娘に超夢中。ガキのころから彼女の体臭をクンカクンカしてコーフンしたり、毛髪や爪を集めては悦に入っているという筋金入りの変態君は、やがて一緒に大学に進学して文芸サークルに所属するも、イケメンの御曹司というライバルが出現。そこへ時を同じくして彼の異父兄弟で、これまたイケメンピアノの才能があるジゴロ兄ィと巡り会ったのをこれ幸いと、変態君はハーフっ娘の思いを取り戻すためにある計画を実行を移すのだが、……という話。

変態嗜好をムンムンに凝らしたエロミスとして、第一章から岸田女史の筆致は完全にレブリミットで、コッソリ彼女の髪の毛を蒐集したり爪を集めたり、ハーフっ娘の体臭に興奮してみせたりといった幼少期からの彼女に対する思いの丈をキモすぎる描写も交えてジックリ、ネッチリと展開していくこの章だけでも完全にお腹イッパイ。

そのあたりを簡単に引用すると、

まだ、幼稚園児だった私は、体から出てくる匂いのことをなんというのか両親に聞き、体臭という言葉を覚えた。
――万里枝の体臭。
そう心の中で何度も繰り返した。当時の私は、その言葉が一番のお気に入りだった。

そんな空想に耽っている内に、私は万里枝の髪を手に入れて、一人自分の部屋でそれを愛撫してみたいという途方もない欲望に支配されていた。
その思いに取り憑かれてからというもの、彼女の家に行くと必ず、畳の上に落ちている髪の毛を目で探し、二人が見ていないところでこっそり収集した。家に持ち帰って、母が留守の間、キッチンの側からステンレス製のボウルを取り出し、そこに水を入れて拾った髪を浮かせた。……私は万里枝の赤い髪だけ水の中から拾いあげて、ティッシュの上で乾かした。それを細長い木箱に集めていった。

そうして拾い集めた髪がある程度の数になると、それを「三つ編みにして、先端部分をやはり手芸箱から見つけた赤いリボンで結」び、

その夜、私は、嬉しさのあまり、興奮してなかなか眠れなかった。しばらく万里枝の三つ編みの束を握りしめて、彼女と幼稚園で初めて出会ったときのことや、一緒に砂遊びをした時のこと、「はらぺこあおむし」の絵本の穴に突っ込まれた彼女の白い指のことなどを何度も何度も回想し、彼女の体に触れたり、汗のしみこんだ服や肌の臭いを嗅ぐことを夢想した。

ここまで体臭にひとかたならぬこだわりを見せるフェチの変態君であれば、たとえば彼女が家に遊びに来たときとかにジュースを飲ませて彼女が吸ったストローをあとでチューチューしたり、口を拭ったティッシュをマスクの内側に重ねてクンクンしたりといったプレイのひとつやふたつを見せてくれてもおかしくないわけですが、彼が集めているのはあくまで彼女のパーツのみというところがミソで、これが後半、この変態君がのめりこむ事柄の絶妙な伏線となっているところも秀逸です。

また自分のようなエロミスマニアを別にすればまずほとんどの読者が眉根を顰めるであろう変態君のキツすぎる描写も、実をいえば、最後の最後に明らかにされる悲哀の構図を隠蔽させる精妙な誤導として機能しているところも素晴らしい。変態君の一人称で微に入り細を穿っての変態行為がネッチリと描かれているからこそ、この変態君もが知り得なかったある真相が意外な――あり得ないものとなるわけで、エロい描写が単なるエロとして終わらず、本格ミステリの技法として確立しているところは大いに評価したいところでもあります。

ミステリ的な謎としては、大きく二つの軸があり、ひとつは、文芸サークルでこのキモすぎる変態君が書いたある短編をめぐっての盗作騒動に絡めての殺人事件で、こちらの方も確かに、探偵役を演じる女性や、彼女が庇おうとしている容疑者の一人が考えていた構図とはマッタク違ったゲスい犯人が用意されているという点でなかなかのものなわけですが、やはり本作最大の見所は「最後は、人の心のミステリよ」(292p)とある通りに、ある人物の自殺の動機についてでしょう。

本作の中盤は、上に述べた前者の謎――すなわち盗作疑惑にまつわる殺人事件を前面に、もっぱら探偵役となる女性の視点から描かれていくのですが、この殺人事件の真相が明かされた最後に再び第一章と同じ変態君の一人称へと回帰していく全体の結構もイイ。

最後の最後に開陳される「人の心のミステリ」の真相によって、この人物の妄想は打ち砕かれ、苦い現実を突きつけられてジ・エンド、という幕引きはもの哀しい。またその一方でこの人物が自らの妄想を完全に信じきることができなかったゆえの結末であるという皮肉な結末が、さらにこの苦すぎる幕引きを際立たせているところもいうことなし、というわけで、徳間三部作のファンであれば、まず文句なしに愉しめる一冊といえ、岸田女史ならではのB級テイストを執拗な変態描写に昇華させるとともに、それを絶妙なエロミス的技巧と交合させた本作は、本年のエロミスの収穫としても大いに評価できるのではないでしょうか。オススメ、でしょう。