屋上の道化たち / 島田荘司

屋上の道化たち / 島田荘司御手洗シリーズ最新作。本の装幀からして結構なボリュームに見えますが、登場人物たちの軽妙さを通り越してコミカルささえ感じさせる会話の連打もあってか、アッという間に読了してしまいました。

物語のあらすじを簡単にまとめてしまうと、銀行員の飛び降り自殺が相次ぐビルの屋上にはいったい何があるのか、――みたいな中編級の謎ながら、複数の登場人物たちの行動を交錯させることで、幻想的な情景を編み上げてしまう幻視力はまさに御大、このあたりはちょっと「山高帽のイカロス」を彷彿とさせます。あちらが中編にまとめて謎から解決への流れを物語の推進力としていたのに比較すると、こちらは『最後の一球』のように登場人物たちの生きざまと辛い逸話を事件の謎へ重層的に織り込むことで、連続自殺という怪異へと昇華させた手際が素晴らしい。

本作の真相に関していえば、確かにその質感は『斜め屋敷』や『夕鶴』に酷似しながらも、その馬鹿馬鹿しさは霞流一路線というか、――限りなくバカミスへと近接したクレイジーさが際だっているところが印象的。伏線回収の手際という点に関しては、前半部のほとんどを登場人物たちの逸話とし、後半に登場する御手洗が例によって周囲の者を完全に置いてきぼりにして駆け足で謎を解いてしまうという仕上がりゆえ、このあたりはロジックを最重視するマニアと、幻想的な謎と真相との落差を重視するファンとの間で評価の分かれるところかもしれません。

個人的に印象に残ったのは、やはりタイトルにある二つの言葉「屋上」と「道化たち」の意味するところでありまして、――本作に描かれた事件の様相とその真相からすれば、「道化」はごくごくシンプルにこの事件の構成要素たる「アレ」であり、また「屋上」もまた事件現場となったビルの「屋上」であることは間違いないわけですが、事件現場の屋上にいまだ朽ち果てたまま残された看板が日本経済の必衰を暗喩するものであることからすれば、「屋上」とはまさに日本そのものであり、さすれば「道化」”たち”とはすなわち事件に関わることになったすべての登場人物一人ひとりであるととらえることもまた可能、といえるかもしれません。

そしてこうした市井の人々の生き様を感動物語へと昇華させるのではなく、関西弁を全面的にフィーチャーしてコミカルな風格へと昇華させたところが本作の新機軸といえるでしょうか。『星籠の海』でも「おれ、痴漢です」みたいな珍妙な男女の会話が一つの勘所となって”奇妙な味”を醸していたのと同様、本作でもある男女のカップルの奇妙な場所での奇妙な会話(「あんた、宇宙人さん」「そうです」)に注目でしょうか(爆)。さらにいえば、最近のエロスを大々的にフィーチャーした本格ミステリのトレンドを意識してか(?)、(以下文字反転)事件の真相に「放尿」と「痴漢」を大きく絡めている点も興味深いと感じました。

『星籠の海』のように壮大な大風呂敷が冒険物語のごとき怒濤の展開となって盛り上がりを見せる展開こそないものの、この「軽さ」と「コミカル」な妙味は御手洗シリーズの新たな個性と魅力となっていくかもしれません。御手洗の登場がやや少ないところにファンがどう感じるかは不明ながら、個人的には仄かなエロ風味が巧みなスパイスとなって事件の幻想性を際だたせた趣向はかなり愉しめました。ファンなら安心して読むことができる一冊といえるのではないでしょうか。オススメです。