原発サイバートラップ: リアンクール・ランデブー / 一田 和樹

原発サイバートラップ: リアンクール・ランデブー / 一田 和樹傑作。作者の作品をすべて読んでいるわけではないのですが、もしかしたら一番好きカモしれません。複数の主要登場人物の行動や思惑を平行して描きつつ、事件の構図の核心を隠蔽するために紛れ込ませた様々な逸話など、サスペンスを基調としながらも、その趣向はまさしく周到な仕掛けを凝らした本格ミステリであるという本作、ドップリ堪能しました。

あらすじは、韓国の原発に突然百機のドローンが出現し、「リアンクール・オペレーション」なるテロリストが声明文を発表する。彼の地の独立承認と条約の締結を要求するテロリストの真意とはいったい、そしてその正体は、――という話。

そもそもサブタイトルにもなっているリアンクールってどこ? という疑問があるのですが、語感から東南アジアのどっかかナ?なんて思っていたら(クアラルンプールのイメージ)、日本のすぐそばにあることが早々に明かされ、これで韓国の原発を舞台とした物語であったことに合点がいくわけですが、それでもテロリストのやり口にまだまだ疑問はつきません。原発のシステムをそのままハッキングして操縦可能にするわけではなく、またいったいどういう経緯を辿って「放射能性廃棄物を抱えたドローン」がこの原発上空に現れたのかといった事の詳細は物語が進むにつれて次々と明かされていきます。しかしながら、周到な計画に見えて、ドローンの操縦権を開放するなどの「紛れ」がその行動に含まれているところなど不可解な点も多く、犯人がこのテロルによって一体何を仕掛けようとしているのかは物語後半にいたるまでまったくの闇の中。

本作では、コンピュータやネットワークなどの最先端技術の説明を平易にくわえながらも、日本や韓国といった政府、企業、さらには個人の思惑を重層的に描きつつ、テロルによって発生した混沌をきわめて怜悧で客観的な筆致で活写しているところが秀逸で、様々な視点を混在させながら刻一刻と変化していく状況をサスペンスフルに盛り上げていく構成は秀逸なサスペンス小説のソレながら、その背後で真犯人やこのテロルの首謀者を暗示する人物視点の描写をさりげなく織り交ぜて、読者の予見や推測を誤導してみせる技巧は紛れもなく本格ミステリ。

また原発テロの進展で物語を最後まで牽引するわけではなく、その背後でさらに深刻な本丸の事件を展開させ、表層のテロ行為である原発テロとともに現在進行形で描かれている混沌が重なり合い、犯人が実現したかった物語の様相が垣間見えてくる後半の構成がまた素晴らしい。個人的には原発テロそのものよりも、その結果として、――もちろんその因果を引き起こすためにも犯人は周到な計画をたてているのですが――生じた混乱のほうが遙かに恐ろしく感じました。

これは広義の操りであり、またこうしたことが今、現在進行形でリアルに引き起こされているのではないかという戦慄、――ジャケ帯にある「余りにリアルな恐怖と戦慄――日本人だからこそ必読の書だ」「その瞬間、全国民が戦場の最前線に立たされる!」という惹句とは裏腹に、ただただデマに翻弄され、陰謀論が跋扈するSNSの情報にすがりつき、皆が皆、自分で深慮することなく情報を拡散させてさらなる混沌を引き起こしてやまない現代の日本人が、果たして本作に描かれる「恐怖と戦慄」を「余りにリアル」なものとしてとらえることができるのか否か、――むしろそんなことを考えざるを得ない哀しい現実の方が遙かに「恐怖と戦慄」だったりして、……という倒錯した思いに頭を抱えてしまったのは自分だけでしょうか。一応、巻末には、「用語について」という説明があり、「実在するもの」と「実在しないもの」が掲載されているのですが、本作の後半で大きく描かれる「スリープウォーカー」などがこの説明にある通りに「実在しないもの」であることを祈るばかりです。

サスペンスを主軸としつつも、システムの脆弱性に着目した構図の反転や、事件の全容が最後の最期に明かされた瞬間、「真犯人」の姿と、騙しあいの果てに勝利した(?)側の緻密な計画が明かされる構成の妙など、本格ミステリとしての技巧も冴え渡ったエンターテイメント小説の傑作です。それと草波の視点からこの事件の展開を眺めていた自分としては、この幕引きにちょっと半村良の『闇の中の黄金』を思い出してニヤニヤ笑い。これは是非とも続編と、吉沢や村中の過去を描いたスピンオフを期待したいところであります。