短編集。謎解きを絡めてしっかりと本格ミステリしているのは冒頭の「ストラディヴァリウスを上手に盗む方法」のみなながら、氏の”ノリ”が大好きという自分のような読者であれば、続く「ワグネリアン三部作」もきっと愉しめる筈。最後に氏の真の処女作である「レゾナンス」を収録。
「ストラディヴァリウスを上手に盗む方法」は、いかにもイマドキの娘っ子な天才バイオリニストの凱旋コンサートの会場で、彼女のストラディヴァリウスが盗まれてしまう。会場をくまなく探しても盗まれたブツは見つからない。さて、その行方は――という話。
カンのいい本格ミステリの読者であれば、その「方法」だけはすぐに判ってしまうのではないでしょうか(自分もそうでした)。しかしながら本作が優れているのはその「方法」そのものではなく、絶対にコレだろう、という思いつきに、しっかりと推理の端緒を交えて緻密なロジックを構築しながら犯人を追いつめていく展開でしょう。とくに傍点付きで探偵が語る犯行現場の違和感をきっかけに、逆転の発想も交えて、盗まれたストラディヴァリウスがどうなったかを推理していくロジックが美しい。さらにはその推理の裏を取るために仕掛けた探偵の俊敏な動きとコンサート会場ならではの見せ方もいうことなし。もっともこの外連は、音楽に詳しく、かつ抜群の耳を持っている探偵だからこそ可能だった方法ゆえ、ボンクラな読者であれば嫉妬と羨望も交えて「フン、こんな方法で犯人を追いつめられるモンかい」とか「こんなまどろっこしいことやらなくたって俺っちは最初からこの方法しかないと思ってたヨ」なんて悪態をつくのではと推察されるものの、個人的には完全にアリ。
続く「ワグネリアン三部作」は作者の解題によると、「日本ワーグナー協会が年に一度編纂している研究誌」に掲載された短編とのこと。だとすると、三部作の最後で明かされる騙りの仕掛けには協会員一同驚きつつ大苦笑されたのでは。自分は、ワーグナーに、というかクラシック音楽にはマッタク明るくないのですが、例えば第一部「或るワグネリアンの恋」の操りを交えた逆転の構図に本格ミステリ作家らしい作者の稚気を感じ、また「或るワグネリエンヌの蹉跌」におけるヒロイン(?)の最高に漫画チックな描写など、これまた作者だから書けるんだよなァ……と関心至極。そして最後に三部作ならではの登場人物がそろい踏みを見せる展開や、上にも述べた騙りの仕掛けなど、現代本格の悪戯心に鷹揚な読者であればこれもまたかなりノリノリで愉しめるのではないでしょうか。
最後の「レゾナンス」は、作者曰く「三田の仏文科の大学院生」だったとき『三田文学』に掲載された「正真正銘の処女作」とのこと。作中でヴァイオリンを用いて現出させるある現象は、確かにミステリー映えするものながら、個人的にはこの現象そのものよりも、語り手が秘められた場所に辿り着いたあと、「まったく唐突に、ある一つのイメージが浮かび上がってきた」ところからブワーッと過去の記憶をブチまける展開が、ちょっとプルーストっぽくてイイ(爆)。「心が全的に没入」や「現在創造されつつあるもの」という箇所にあえて傍点を加えている書き方など、とにかく「若さゆえ」と思われる筆致も微笑ましく、個人的には嫌いじゃありません。
本格ミステリ作家である作者の作品としてはかなりの異色作となりますが、氏のファンであれば必ずや愉しめること請け合いの一冊といえるのではないでしょうか。オススメながら、一応取り扱い注意ということで。
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