flicker / 時岡総一郎

「ビジュアルアーツフォトアワード」2011受賞作。審査員のコメントが「怖い」「怪しげな」というものだったので、購入。結論からいうとちょっと自分のイメージしていたものとは異なるものの、かなり好みでしょうか。コントラストを効かせたというよりは、白飛び黒つぶれ上等とばかりに白と黒の二色だけという極端な森の情景に、うっすらと幽玄に浮かびあがる雑踏を重ねた構図が独特で、ここに描かれた人々の影をもってして審査員が「怖い」「怪しげ」という形容で喩えてみせたのは納得です。

ただ、個人的に怖いという画というと、おぼろげな陰影の中に、これまたボーッと幽霊ともつかない何かが見えているような、見えていないような……そんなものだったりするわけですが、本作におさめられた写真はすべて、光と影の中でも特に光が強烈な主張をしているところが独自色。

この白黒の二色のみの下地に人影が陰影となってうっすらと浮かび上がる情景は、確かに見たことのない何かであり、前半はその「見えていない」ところに目を凝らして、やたらに人影を探してしまうという、何だか心霊写真を眺めているような見方をしてしまったわけですが、目がこの強烈なコントラストに慣れてくるしたがって、そうした細部から、雑踏の絵を重ねた構図全体へと意識を向ける余裕も出てきます。で、本作の愉しみどころはむしろここから。

森の景色が白飛びと黒つぶれを強調した白黒の二色だからこそ、重ねられた雑踏のなかの人々の顔は黒のなかに紛れている。顔の見えない人々の気配だけが光の溢れる森の奥からたちのぼってくるこの絵は、顔の存在によって魂の存在を浮き立たせている心霊写真とは対極にあるともいえるわけで、前半、「怖い」「怪しげ」という言葉に引きずられて、ありきたりな鑑賞を行ってしまった自分を苦笑しつつ、後半はむしろ「怖さ」を喚起する闇よりも、画のそこかしこに点描された光の粒子と、その影となってうっすらとたちのぼる人の姿をレイヤーで重ねてみせた技巧の妙を愉しんだ次第です。

この人影の重ね具合は絶妙で、もう少し強くこの雑踏の画を強く出してしまうと、顔が見えてしまい、そうなると逆に雑踏そのものの空気は消えてしまうし、かといってもっと弱くすれば、それはコントラストの強い森の情景を写した下地に紛れてしまう。こうしたレイヤーの技巧も含めて愉しむのが吉、でしょう。

最後の一枚で、鬱蒼とした森の情景は眩しい光に吸い込まれていくのですが、このまとめかたも心憎い。森山大道御大のいうとおり「不条理な倒錯感で、見る者の潜在意識を刺激する奇妙な映像世界」は独特で、ジャケ帯や選評で語られているほど「生と死」といったものは個人的には感じられなかったのですが、光を幻視した写真集としてはかなりツボな一冊でありました。ただ、これはかなり人を選ぶカモしれません。構図の妙によって幻想を活写した作品よりは、抽象的な気のなかに幻想を見るような愉しみ方をする方であれば、かなり愉しめるのではないでしょうか。