文芸誌『短編小説』の初代編集長・傅月庵氏のトークショーが、台湾文化センターで開催されるということで、行ってきました。”連続トーク”と題して金曜土曜の二日通しのイベントだったのですが、自分は金曜日の夜の部に参加。簡単ながらここに感想をまとめておきたいと思います。
テーマは、タイトルにもある通り、台湾の出版文化についての歴史と現在についてで、貴重な資料のスライドも添えて、傅月庵氏が話をし、その要所要所でサウザンブックス社代表の古賀一孝氏と司会の天野健太郎氏がまとめを行いながら進行する、――という内容でした。ちなみに今回の通訳は橋本佳奈女史(以前、吉祥寺の書店・百年で開催された『歩道橋の魔術師』刊行記念トーク 小説と一緒に、台湾を旅する』で通訳をされていた方。このイベントについてはリンクを参照ください)。
まず台湾の出版文化の黎明期に言及し、刊行された本には中国的なるもの、日本的なるもの、アメリカ的なるものという三つの軸があったと傅氏。この三国の文化要素を混淆させたものが当時台湾で出版されていた本の様式であり、ここに台湾の地政学的な現実を重ねて「では、そこにおいて、台湾的なるものとはいったい何なのだろうか」という問いを投げかけます。
この”台湾的なるもの”を探し続ける思考は、まだ雑誌『野葡萄』が大々的にミステリー特集を組んでいた当時にも通じるものがあるなァ、――と感じました。日本や欧米の模倣ではない「本土推理」を確立するにはどうすればいいのか、とかいうことが当時は台湾のミステリー作家や評論家の間で大真面目に議論されていたのですが、一介のボンクラな日本人に過ぎない自分は、台湾でのそうした話題に対して、「台湾ミステリには、欧米や日本のミステリとは異なる独自性があるにも関わらず、台湾人自身がそれに気づいていないんだよなァ……」と感じていたことを思い出しつつ、さらに傅氏の話に耳を傾けます。
やはり台湾の出版文化の発展においては、戒厳令が暗い影を落としてい、七〇年代まではそれが出版における多様性や独自性を阻止していたとのこと。当時の検閲の恐ろしさと馬鹿馬鹿しさが感じられる逸話も交えて七〇年代の説明を終えたあと、そうした閉鎖的状況が大きく変わったのが八〇年代だった、――と話は続きます。しかしそうした自由化と多様化が、出版物の低俗化を招き、本自体が商品化されていく――というのが現在までの流れ。一方の書店業界は誠品書店と金石堂書店の二強体制による寡占が確立され、小売業たる書店側が出版社に対して作品の内容や装幀にまで意見をするようになっていった、――とのこと。
日本の出版業界には、取次制度や再販制度といったものがありますが、台湾でも以前は取次も存在したものの、小売業の圧倒的な力によって衰退してしまったという、日本と台湾の相違は非常に興味深いと感じました。また現在、業界をあげて再販制度の必要性については政府に対する働きかけを行っているとのことですが、傅氏曰く、そうした制度を設けようとも、衰退しつつある現在の出版業界においては焼け石に水であり、こうした流れを大きく変えるものにはなりえないだろうとのことでした。
誠品書店と金石堂書店の二強体勢に、ネット書店の雄たる博客來が参入し、現在はこの三社だけで小売りのほとんどを占めている(70%だったか、80%だったか、このあたりはちょっと記憶が曖昧です)とのことで、地方の小売店が廃業に追い込まれているという現状は日本にも共通する問題でしょう。
小売業にネット書店が加わり、今後、出版業界はどう変わっていくのか、――となれば、やはり気になるのは、紙本と電子書籍という”対立構図”が容易に想起されるわけですが、傅氏の話で面白いと思ったのは、「紙本と電子書籍は対立するものではない。この二つのライバルは、ネットそのものだ」という視点でした。これは自分の考えている通りで、本は今や、SNSや動画視聴などから「時間の奪い合い」という壮絶な闘いを強いられているわけで、細切れの時間はSNSに、そしてまとまった時間はアマゾンプライムやHuluをはじめとする動画視聴に奪われている現状を考えれば、紙本と電子本が「争っている場合ではない」ことは誰の眼にも明らかではないか――。
閑話休題。傅氏の話に戻りますと、今や知識の吸収は本ではなく、ネット検索に代替され、その意味で本は非常に不利な立場にあるものの、ネットに情報が蓄積されていけば、今後は細切れの知識や情報を体系化するために、人々は再び本を手に取るのではないか、――というのが氏の見立てです。そうした流れを見据えて、では出版はどうあるべきなのか、という問いが業界に携わる人たちに重くのしかかってくるわけですが、これは同時に「本を売るにはどうすればいいのか」という実利的な問いかけにも繋がっていきます。
何しろ今は、香港の武侠小説作家・金庸の本を出すだけで飛ぶように売れた昔と違って、絶望的に本が売れず、出版社はいずれも厳しい苦境に立たされている。その中で利益を出す方法を模索していかなければならない、――というあたりで、サウザンブックス社代表の古賀一孝氏へと話がふられ、クラウドファンディングによる翻訳本の出版と、傅氏が現在試みている付加価値の高い(というべきなのかどうか)少部数の本の出版についての話が続きました。
傅氏が現在模索している少部数本という発想は、小説本や実用本から少し離れたところでシリアルナンバーの刻印された写真集の存在等を知っている人であればすんなりと理解できるのではないでしょうか。ちなみに傅氏はこの方法で二点の本の刊行を考えており、それらはファインアート系のものではなく、詩集とのことでした。古本は概して刊行当時よりも値段が下がってしまうものですが、むしろ売るときにこそ値段が上がるような本が理想、――というのが傅氏の意見ですが、この発想は本という「商品」ではなく、やはり「アート」に近いのではないかと感じた次第です。
その後、参加者からの質疑応答があり、この中で「??」と感じたのが、「書店の相次ぐ閉鎖によって、台湾人はまともに本を買うことができず、欲しい本は香港にまで行かないと手に入らない(おおよその大意)というが、この現状についてどう思うか」みたいな質問でありまして、これは自分も初めて聞きました。傅氏の話によれば、大陸に進出した台湾の出版社たちも、北京政府の規制の厳しさに撤退せざるを得なかったというし、最近の香港では銅鑼湾書店の一件もあったし、香港人の知り合いが台湾に本を買い出しに来ている様子を見るにつけ、これはむしろ逆なんじゃないのかナ、……と。実際、傅氏もそういう話は寡聞にして知らないということだったので、どこからそういう話を聞きつけたのかはちょっと謎、というか興味のあるところです。
ともあれ、日本と台湾の出版業界の過去と現在を色々と比較できたりして、なかなか有意義な話を聞くことができた一夜でありました。土曜日の第二部は誠品書店を中心にした台湾の書店の話をする予定、ということでしたが、自分は参加できず。しかしながらまたこういうテーマでのトークショーがあれば参加してみたいと思います。おしまい。
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