いつかの人質 / 芦沢 央

怪作。もの凄くシンプルに欺されました。あらすじは、幼少時代に誘拐され、そのときの事故で失明してしまった娘っ子が、十二年後、アイドルのコンサート会場で再び何者かに誘拐されてしまう。今回の犯人は、かつて彼女を誘拐した関係者の娘だと確信した警察が捜査を始める一方、容疑者の夫も失踪した妻の行方を捜して足取りを追うのだが、――という話。

様々な人物の視点から過去と現在進行形の事件を描いていく構成で、誘拐された娘ッ子の視点から犯人のヒドすぎる所業が痛々しい筆致で描きつつ、失踪した妻の足跡を辿る夫のシーンでは、どうして妻の心の内を理解できなかっただろうと煩悶する彼自身の内心とともに妻の不可解な行動の背景を明らかにしていくのですが、この二つの視点から事件の表裏を展開させていく趣向が素晴らしい。

容疑者とその夫に関係した担当編集者の視点や、事件を追いかける刑事の視点も交えて、事件と容疑者の人となりが次第に明らかにされていくのですが、誘拐された娘っ子がスタンガンをあてられるわ、殴られるわ、風呂場で打ち据えられるわと、まさに犯人無双ともいえるやりたい放題のヒステリックなシーンは相当に痛々しく、犯人のあまりの所業に歯ぎしりしながら読み進めていくものの、――これこそが作者の仕掛けた奸計で、このあたりのシンプルな仕掛けも秀逸です。

娘っ子がようやく救出され、事件は一件落着かと思いきや、彼女の視点から描かれていたシーンでは詳らかにされていなかった犯人の印象がさらっと明かされ、それと同時に真犯人のトンデモない告白によって、事件の動機がこれまたさらっと語られます。確かにこの真犯人はもっとも怪しい一方で、本作の構成からすればもっとも真犯人からは遠い人物だと感じていたものの、なるほどなるほと、その斜め上を行く動機を鑑みれば納得至極。

同時に、娘っ子の視点から描かれていた犯人のヒステリックに過ぎる振る舞いもまた、失明した彼女を錯誤させるための仕掛けであったことに気がつくにいたって、これはヤラれたなァ、……と感じ入った次第です。

この犯人の娘ッ子に対する仕打ちがヒドすぎるのではないか、という感想も当然あろうかと推察されるものの、これについては上に述べたように、目の見えない被害者を誤導させる(この内容についてはネタバレになるので差し控えますが)意図ともに、ちょっぴりこの真犯人はサイコパスなんじゃァ、……と考えれば納得できるのではないでしょうか。こんなヒドいことをしていたがゆえに、因果応報で犯人にはトンデモない仕打ちが最後に待っているのですが、これでジ・エンドかと思いきや、エピローグではなんだかハッピーエンドっぽい、みんなが幸せになりそうな終わりかたをしているところがかなり意外。

色々な意味で”斜め上”をいく本作、連城ミステリを彷彿とさせる狂った動機など、異形の本格ミステリとしての魅力を放つ一冊といえるのではないでしょうか。作者の作風を考えれば期待通り、ではあるものの、エピローグの”斜め上”をいく意外性など、複雑な読後感を与えてくれる怪作ともいえるでしょう。作者のファンであれば、もちろんオススメということで。

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