講談社タイガの『よろず建物因縁帳』シリーズでその存在を知った作者の作品。とにかく巧みなキャラ造詣とその人々の縁から紡ぎ出される人間ドラマが格別の余韻をもたらす傑作怪談だった『よろず』とはマッタク異なる作風ながら、印象的な人物像と極上の人間ドラマはまさに作者の作品ならではと感じさせる逸品で、堪能しました。
物語は、消防士の主人公がマラソンの警備中、自爆テロが発生。事故の発生したその日に妹が急死し、さらには輸血を受けた上司が続けて不可解な死を遂げたことをきっかけに、彼は人工血液を巡る陰謀劇へと巻き込まれていき、――という話。
下町を舞台にした市井の人々の関わりをベースとして、そこに芯の通った正義感溢れる消防士という主人公を配置した結構がまず素晴らしい。さらには人工血液の開発に関わった人物たちの、インテリで怪しげな男たちや、さらには反主流のおおよそ警察らしくない刑事など、『よろず』でも巧いナ、と感じさせた登場人物たちの姿が何よりも印象的で、彼らの関わりの中で、妹の死の真相に迫っていく展開はサスペンス・タッチといえども、怪しい奴がやっぱり怪しいという点で、壮大な陰謀劇ながら、その謎で物語を大きく牽引していくわけではありません。
むしろ、本作では、人工血液を巡る黒い陰謀の構図を読者の目前へ堂々と晒しつつ、妹の死の真相から、主人公自身も知り得なかった妹のある秘密を最後の最期まで隠し仰せた趣向が秀逸です。さらりと冒頭部に描かれていた快活な妹を急死によって物語の舞台から早期退場させたことによって、読者は彼女の心の奥の奥まで知ることができません。したがって最後に彼女が残した手紙によって明かされる内心にまつわる秘密はやや唐突に読者に――さらには主人公の目前に明かされるのですが、この告白を知って、「知っていた。知らなかった。知りたかった。知りたくなかった」と主人公が独白するシーンでは感涙必至。
そしてこの陰謀劇の黒幕ともいえる狂人の野望に反目し、その狂った思想をこの人物の目前で完全否定してみせた主人公が、妹の遺した手紙によってある決意をするシーンをもって幕とする構成は、主人公の成長譚としても一流の風格を感じさせます。
読了後、物語の登場人物たちを振り返ってみるに、これだけ凄惨な事件とおぞましい陰謀劇が展開されつつも、その被害者をはじめ、不審死を遂げた人物から、さらにはこの陰謀を企図していた人物に至るまで、誰一人として本当の悪人がいないところが面白い。この明快な善悪の対立構図で構成されたドラマでは決してないところに、個人的には強く惹かれました。『よろず』のような怪談とは大きくなる、サスペンス風味を前面に押し出したミステリ作品の逸品ながら、巧みな人物造詣によって紡ぎ出される極上の人間ドラマの一冊として、強くオススメしたいと思います。
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