ブルーローズは眠らない / 市川 憂人

傑作。この作品を手に取ったときは、前作『ジェリーフィッシュは凍らない』を未読だったものの、愉しめました。個人的には昨年の本格ミステリの作風としては、『屍人荘の殺人 』よりこちらの方が自分好み(しかしながら本格ミステにおける技巧の達成度という点での評価は『屍人荘の殺人』のが上カト)。

物語は、親からひどい虐待を受けていたボーイが家出を敢行、怪しげな実験をしているっぽい家族に引き取られるも、その屋敷には「怪物」が潜んでいるらしい――。その一方、タイトルにもあるブルーローズを育てていた密室状態の温室で生首が発見される。果たして犯人と事件の真相は、――という話。

日本人刑事とその相棒のマリアとの軽妙なやりとりが面白く、軽い作風かなと油断していたら、真相と事件の構図に悲哀溢れる人間ドラマが隠されていてチと吃驚。密室に生首とかなり古典的な色彩が濃厚なコロシの現場ながら、ある人物の手記と、事件を捜査する探偵側のシーンとを平行して描きつつ、その結構そのものに巧妙な仕掛けを凝らしているところは現代風。そしてこの仕掛けそのもが読者に向けられた単なるアレ系のネタで終わることなく、犯人からある人物に向けられた言葉の刃となって、事件の重要な構成要素をなしている技巧も素晴らしい。

探偵がまず密室の謎を明らかにしてみせるのですが、施錠と脱出不可能な状況を打破すべく犯人の凝らしたトリックそのものは、お手軽に実現可能なインスタント式では決してありません。そのトリック解明から、コロシのために何故そこまで、という当然の疑問をあぶり出し、フーダニットと本格ミステリ的としかいいようのない転倒した真の動機を明らかにしてみせる推理の過程が本作最大の見所でしょう。密室トリックの解明が、犯人の恐るべき真の動機解明へと繋がり、そこから手記と現実世界の描写を重ねて、意想外なフーダニットの仕掛けを明らかにしてみせる展開が非常にスムーズで、ハウ、ホワイ、フーダニットをここまで有機的に繋げてみせた作品にはなかなかお目にかかれるものではありません。

チと驚いたのは、この作品について「トリックだけで、人間が描けていない」という評価を見かけたことで、ある人物を殺害するため”だけ”に、ここまでのことをするのが本格ミステリであって、密室トリックを完成させるためのあるブツの仕掛けに相当な下準備を行っていることからも、本格ミステリ読みであればそこに犯人の情念の焔を見出すことは十分に可能だし、この下準備の時間軸の長さと、手記に凝らされた非常にシンプルながら効果抜群な仕掛けとを対照させて、読者とともに犯人が企図した人物に向けられた二重の効果をもたらしている趣向についてもまた、本格ミステリ読者であれば、うまいなァと頷けるのではないでしょうか。

逆に言えば、本作は「トリックだけで、人間が描けていない」ではなく、「トリックによって、人間を描こうとした」、――個人的にはまさに現代本格の典型ともいえる一冊といえるわけで、このあたりに共感できるか、できないかによって本作の評価は大きく変わってくるカモしれません。というわけで、傑作ながら、やや取り扱い注意ということでオススメしたいと思います。

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