豆腐の角に頭ぶつけて死んでしまえ事件 / 倉知 淳

ガッチガチな本格ミステリを期待するとちょっと……という感じながら、ブラック風味のヘンテコな物語を期待する好事家にはなかなか愉しめるという一冊。なので、結論から言ってしまうと、やや取り扱い注意です。

収録作は、くだんの名作に絡めたトリックが思わぬ方向へと脱線していく妙味を倒叙式に描き出したブラックな一編「変奏曲・ABCの殺人」、AIが人事を統括する会社でのリーマンの煩悶と悶絶を描き出した「社内偏愛」。ケーキにネギがコロシの見立てに使われていた現場から犯人の狂気を解き明かす「薬味と甘味の殺人現場」、猫ちゃんの不可解な行動から怪談の興趣を見せつつ案外アッサリとした結末へと流れていく「夜を見る猫」、マッドサイエンティストの珍妙な実験が奇想天外なコロシの様態を出現させる「豆腐の角に頭ぶつけて死んでしまえ事件」、犯人消失のトリックを猫丸先輩が暴き立てる「猫丸先輩の出張」の全六編。

冒頭を飾る「変奏曲・ABCの殺人」は、弟コロシを目論む人物が、れいの古典をトレースした不連続殺人を思いつくものの、意想外な展開になって、――という話。発表されたのがガッチガチな本格ミステリものではない『月刊ジェイ・ノベル』ゆえか、極めたライトな仕上がりながら、例の古典を知っていないと今ひとつ後半の破綻を愉しめないところがちょっとアレ。とはいえブラックな味付けがタマらない好編です。

「社内偏愛」は、人事をAIに任せた会社でのトンデモな逸話を、AIに“偏愛”されてしまった主人公の視点から描き出した物語で、リーマンものゆえかなんとなーく眉村テイストが感じられるゆえ、収録作の中ではミステリ風味こそないものの、なかなかの好み。AIからの偏愛に翻弄される主人公の逸脱で幕となるかと思いきや、またまた……というブラックなオチも微笑ましい。

「薬味と甘味の殺人現場」は、ケーキとネギがトンデモないかたちで死体の装飾に用いられていたところから、その見立てと犯人の狂気を推理していく物語。ある種の狂人の論理ものと趣向を同じくする一編ながら、推理の確定を濁して真相を宙づりしてみせた幕引きが現代社会の狂気を炙り出す、……ような重々しさはなく、その死体の様態のバカバカしさをより際だたせてしまうという、これまたブラックな終わり方がとてもいい。

表題作となる「豆腐の角に頭ぶつけて死んでしまえ事件」も、タイトル通りに「豆腐の角に頭ぶつけて死んで」いた死体を巡るロジックがキモ。物語の背景を戦中のトンデモでもなんでもアリというところに設定するだけでは飽き足らず、さらにはマッド・サイエンティストの名前を正木博士にするという徹底ぶり。チャコポコのオノマトペこそ登場しないものの、正木理論がバカすぎるロジックを構築する土台となっているところからSFっぽい着地を見せるかと思いきや、思いのほか現実的な、面白みのない真相を仄めかして幕となるところが意見の分かれるところでしょう。

収録作中、もっともマトモに本格ミステリしているのが「猫丸先輩の出張」で、猫丸先輩シリーズともなれば、読者の期待もまたいやが上にも高まろうというもの。しかしながら、今回はちょっとイージーすぎる真相と簡明に過ぎるトリックでやや物足りない。フーダニットもハウダニットも完全にこちらがイメージしたとおりで、なんのひねりもなく終わってしまったところに寧ろ唖然としてしまったものの、これをきっかけにまたまた猫丸先輩シリーズの傑作が生み出されていくのであれば、……ということで期待することにいたしましょう。

というわけで、真面目にマトモに本格ミステリしているのは「猫丸先輩の出張」だけという寂しさながら、本格ミステリを知っているからこそ愉しめる「変奏曲・ABCの殺人」や表題作など、作者のファンでなくとも、ばかばかしいものこそ素晴らしいという鷹揚な気持ちを持った読者であれば愉しめるのではないでしょうか。あくまで取り扱い注意ということで。

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