偏愛。この作者のこのシリーズ、決して本格ミステリとしてド派手な演出があるわけではなし、またトリックやロジックに格別強力な個性があるわけでもなし、――と、ガッチガチのマニアであれば軽くスルーしてしまうであろう風格ながら、個人的にはかなり好み。死んだ人間が謎解きによる生き返りを駆けて推理を巡らせるというフォーマットはしっかりと前作を踏襲しているため、安心して読むことができる一冊へと仕上がっています。
三編が収録されてい、刺殺された刑事、死因不明のゆすり屋、撲殺された会社社長がそれぞれ沙羅を前に自らの死について推理を駆使すると展開なのですが、最初の刑事は本職だけあって、しっかりと順序を立ててロジックを構築している手際は期待通りながら、実をいえば、彼を殺した犯人に関してはバレバレだし、その手がかりもあからさまなほどにあからさまな逸話も添えて読者の前にデーンとおかれているため、ほんの少しでもミステリをかじったことのある中坊でさえ、たやすく真相へと辿り着いてしまうカモしれません。しかしながら、仕事では鬼だった刑事のプライベートに絡めて、生き返ったあとのエピローグをてらいもなくほっこりする物語へとまとめてあげた作者のストレートな作家魂が素晴らしい。本格ミステリ書きであれば、やはりここは拗ねた結末や、少しくらいひねりを効かせたオチで流してしまいたくなるものの、それをここまであっさり、はっきりと明快な人間ドラマに仕上げる作者の清々しさには好感度大。
続く、死因不明のゆすり屋に関しても、これまた死ぬまでの間にさらさらと描かれた登場人物と主人公とにまつわる逸話から、犯人と死因の手がかりについては極めてイージーに真相へと辿り着いてしまえるものの、今回は今までとは違ったブラックなオチで決めた変化球が面白い。しかしながら、エピローグで登場する沙羅のパパがどうしても、頭ン中では『アカギ』の後半に登場する閻魔様の絵柄で脳内再生されてしまうのが何とも(爆)。
三編目は副題にもある「負け犬たちの密室」の物語なのですが、収録作の中ではもっとも精緻なロジックを駆使した一編に仕上がっています。しっかりと順序立てて密室の構成要素を整理しつつ、外部からの犯行、内部犯の可能性、さらには密室を完成させるための関門を取り上げて、容疑者たる登場人物たちの個性と資質から、犯行過程におけるそれぞれの振る舞いを炙り出していく推理の展開が秀逸です。
本編が優れているのは、沙羅の力によって生き返ることのできた主人公が(無意識のうちに)心を入れ替えて新しい人生を歩もうとする、――というこのシリーズに期待されるエピローグを描きながら、そこにいたるまでにもう一つ、登場人物に厳しい試練を与えているところでしょうか。さらにはここから「負け犬たちの密室」という物語へと繋がる逸話を描き出して本格ミステリマニアの大好物たるメタ的な趣向をそそっと取り入れて幕とした構成が心憎い。
いずれもこのシリーズに期待される作風と基準を大きく上回った物語ばかりで、堪能しました。前作が気に入った読者であれば本作もまた大いに愉しむことができるのではないでしょうか。オススメです。
0 comments on “閻魔堂沙羅の推理奇譚 負け犬たちの密室 / 木元 哉多”