死体でも愛してる / 大石 圭

やや小粒の連作短編集ながら偏愛。あとがきで語られる大石氏の妻への愛、そして今までの幸福体験といつまでもつきまとう不安な気持ちを裏返しにして語られた「私小説」とでもいうべき物語の魅力は、作者のファンであれば「判る判る」と首肯できるのではないでしょうか。

収録作は、娘を殺した男が語る斜め上の動機と殺害後の愛の発露を端正な筆致で描き出した「夏の章」、町工場の工員が惚れた女をストーキングしたあげくに犯した罪の背後に隠された真相を探る「秋の章」、作家になりたいワナビー旦那の自殺を契機に人肉食の愉悦に目覚めてしまった女の告白を綴る「冬の章」、そして前章までに登場した容疑者を取り調べていた刑事の内なる獣が妻の浮気によって大覚醒する「春の章」の全四編。

「夏の章」は、事故死した美人妻との間に生まれた娘に欲情した絵描きの男という、大石氏らしい狂っぷりを見せつける男の語りを、取り調べの刑事が聞く――という構成ながら、本作ではさりげなくこの刑事の私生活と妻とのうまくいっていない関係が仄めかされているのがミソ。これを伏線として、最後の最期に「春の章」で刑事の狂気が炸裂するのですが、犯罪者の歪んだ愛憎を目の当たりにするにつれ、次第に狂気に染められていく刑事の変化も見所の一つ。

なぜ愛していた娘を殺したのか――というあたりは本格ミステリでもなかなかに魅力的なホワイダニットながら、本作ではその哲学的な動機の真相は意外にゲスっぽく、このあたりが大石ワールドの住人らしくて素晴らしい。殺した娘をそのままにして警察に通報もせず、いったい何をしていたのかという点については、まあ男の仕事から納得できるものの、その行為を濃密な性行為と重ねた趣向は後半に引き継がれて、「冬の章」で大爆発します。

「秋の章は」は、町工場で働く冴えない男が惚れたのは、コンビニでバイトをしているアイドル志望の女、――というありふれた設定から、男のストーキングのありようをじわりじわりと描き出していきます。収録作のなかではもっともありふれた展開ながら、最期にちょっとした事件の構図のサプライズを用意しているところがチと意外。

個人的にもっと惹かれたのは「冬の章」で、作家志望の教師と料理が得意な妻が結婚、――と端緒はこれまたありふれたものながら、旦那の方は新人賞に何度も投稿するも一次選考を通過するのが関の山で、いつまで経っても報われない。献身的な妻は教師を辞めた夫を支えながらも、自分は料理教室の先生として成功し、本を出版するまでになってしまう。男はこれが最期と全身全霊を込めて仕上げた一作が一次選考を通過しなかったのを契機に首吊り自殺を遂げ、そのあとで妻がしたことは――という展開です。個人的にはこれ、大石作品のなかではもっともユーモアが感じられる一編に仕上がっているのではないでしょうか。

最後の「春の章」は、容疑者たちの愛と狂気を聴き手となって体験した刑事が、妻の浮気を疑い、今まで描かれてきた容疑者たちの所業を参考に様々な行為に手を染めたあげく、ある事実を知って――という話。予定調和的な結末ながら、最後にホンのちょっとだけ怪異(?)を交えて、男の様態を描き出したところも新機軸。

個人的に大石氏の作品のなかでは、「冬の章」のユーモアや、意外なところに怪異を添えた「春の章」など、いつもと違った作者の風格を愉しめるという点でも、ここ最近ではかなり冴えた一冊といえるのではないでしょうか。