ミステリでも怪談でもないけれど、作者らしい「仕掛け」を凝らした一冊で、堪能しました。物語は、多摩川市なる架空の町(川崎っぽい)を舞台に、児童相談所で問題のある家庭の子供たちを守ろうと奔走する公務員、外国人の血をひく少年少女たち、さらには不妊治療にとらわれた妻とその夫の日常を描き出し、彼ら彼女たちのエピソードがやがて重なりを見せ、――という話。
三つのシーンに登場する虐待された子供がこれらの逸話を重ねる役割を果たしているのですが、ここに精妙な騙りの技巧を活かして、最後の最期に明かされる物語の「仕掛け」には賛否両論があるかもしれません。実際、これは蛇足だという意見もチラと見たような気がするのですが、個人的には十分にアリ。この「仕掛け」が明かされることによって、時間軸を超えたある悲壮な現実が読者の前に明示される趣向は、作者がときおり見せる本格ミステリの技巧のソレで、「謎」がなくとも「仕掛け」はあり、その「仕掛け」によってどのような人間ドラマを描き出すのかにフォーカスできる読み達者の方であれば、怒濤の後半部も十二分に愉しめるのではないでしょうか。
この「仕掛け」、個人的には島田荘司推理小説賞の入選作である某作とベクトルを同じくするもので、実際その効果も相当に似通っているのですが、あちらはこの仕掛けにフーダニットを凝らして絶望の構図を描き出したのに対し、本作では三つのシーンに登場する彼ら彼女たちがハッピーエンドで終わるところが違います。もっともハッピーエンドといいながら、この「仕掛け」によって描かれたエピソードを通過してきた登場人物たちは相当な闇を抱えながらこの先を生きていくわけで、そのあたりの”毒”の添え方に作者の強烈な個性を感じることができるところも素晴らしい。
大きな事件も発生せず、「仕掛け」が明かされるまでの前半、中盤は淡々と物語が進んでいくため、作者のミステリや怪談を読み慣れた読者であればやや違和感を覚えるかもしれないものの、この構図が明かされたあとの明るい結末とともに、闇を抱えて生き続けていくであろう登場人物たちの内心までをも描き出してみせたところは、まさに作者の真骨頂。作者ならではの人間ドラマを所望するファンであれば、大いに満足できる逸品といえるのではないでしょうか。オススメです。