ワトソン力 / 大山 誠一郎

傑作。小粒ながらユーモアを鏤めた各編にほどよく濃密なロジックを凝らして、特殊能力の設定そのものを連作の結構に活かした趣向が素晴らしい一冊で、堪能しました。物語は、ワトソン力なる、周囲にいる人物の推理能力を異様に高める特殊能力を持つ捜査一課の刑事、――彼がが巻き込まれた事件を語る全七話。

ワトソン力を持った主人公がある場所に監禁されていることを明らかにするプロローグから、ダイイング・メッセージに奇天烈な意味づけを凝らしてフーダニットが二転三転する「赤い十字架」、とある事故で暗闇のギャラリーに閉じ込められた人物たちの大胆な推理「暗黒室の殺人」、婿候補として島の別荘に招かれた主人公が毒殺事件に巻き込まれる「求婚者と毒殺者」。雪中の射殺死体に魔術的トリックを凝らした「雪の日の魔術」、飛行中の旅客機の中で発生した殺人「雲の上の死」、焼失しかけた台本に書かれた推理劇から作中の犯人をワイガヤで推理する「探偵台本」、ハイジャックされたバスから発見された刺殺死体に二転三転するロジックが鮮やかな構図の反転を見せる「不運な犯人」など、七話を収録。

このあいだにインタールードが二編挟まれているのですが、第一話では、主人公の周囲にいる人物の推理能力が上がるだけに見えたワトソン力なるものの細かな設定が、このインタールードで次第に明かされていく流れが秀逸で、頁が進むにつれロジックの強度も上がっていきます。

プロローグからの大枠で、主人公を監禁した犯人は誰なのか、という大きな謎を用意して、その犯人を特定する手掛かりを全七話のなかにさりげなく鏤めつつ、そこから監禁犯人の動機と企図を探り当てることができる構成は、泡坂妻夫の名作『11枚のとらんぷ』を彷彿とさせる仕上がり。

ワトソン力は推理能力を高めるほか、推理を披露したくなるという副作用(?)を持っているらしく、この副作用がいかんなく発揮されて意想外に過ぎる犯人像と事件の構図の反転を堪能できる「不運な犯人」が個人的にはピカ一でしょうか。バスジャックされたバスのなか、という密室での刺殺死体に、限定された容疑者リストの中から犯人を絞り込んでいく各人の推理をいっきに反転させてしまう、最後の”探偵”の推理が素晴らしい。

構図の反転をタップリ堪能できるのが「不運な犯人」とすれば、盲点を突いたトリックと視覚的な鮮やかさという点では「雪の日の魔術」も秀逸。射殺というかなり特殊なやり口から犯人はあっさりと絞られていくものの、これこそが作者の企みで、さらりと語られていたあるところから、真犯人とその人物でしかなしえない殺害方法を明かしてみせる展開がとてもイイ。

そしてワトソン力なる特殊能力の設定の詳細が明かされていくにつれ、監禁犯の正体を各七話に描かれていた登場人物から特定していくのですが、なるほど、たしかにそこだけは違ったねェ、――と感心することしきり。この監禁犯を特定する趣向からも明らかな通り、ワトソン力は推理能力を高め、推理を披露したくなる「だけ」であって、推理の端緒・前提となる「知見」や「気づき」についてはその能力の及ぶ範囲外であるところがポイントでしょうか。

話が進むにつれロジックの冴えはますます鋭くなり、それが魔術的なトリックや構図の反転の美しさを引き出すトリガーとなっている構成や、連作の枠として機能するフーダニットの見せ方など、本格ミステリの魅力をコンパクトに凝縮した一冊といえるのではないでしょうか。オススメです。