偏愛。令和版『葦と百合』とでもいうべき怪作で、堪能しました。物語は、矢文に添えられた詰将棋の図式を手にした人物が失踪。その男の行方を追ううち、棋道会又の名を魔道会なる謎団体の暗躍を嗅ぎつけた主人公は、女流二段のヒロインとともに北海道の廃坑へと辿り着く。そこには死体があって――、という話。
行方不明となった棋士の足跡を辿るうち、トラウマを抱えた主人公もまた魔物にとらわれていくというミステリ仕立ての大筋に加えて、恋愛物語を添えてみせた結構が素晴らしい。ミステリとして見ればその趣向は現代本格のアレながら、失踪した棋士と主人公のトラウマと妖しさイッパイの魔道会の魅力に幻惑され、事件の構図を読者の目から隠し仰せた技巧がまず見事。
それに加えてやはり作者ならではの幻想的筆致によって描かれる地下神殿の情景がとてもイイ。北海道の廃坑に出現した地下神殿は、「龍神棋にはいたるところに入口があるんですよ」という言葉そのままに、やがて主人公の向かうところのあちこちに突然立ち現れるのですが、幻覚の生み出す妖しい情景が奥深い森のなかにのみ限定されていた『葦と百合』に比較すると、その点、本作はまったく油断がならない。
麻薬の密売などを薄く絡めて、犯罪組織と伝説の魔道会が事件に関与していることが仄めかされていく中盤からの展開にも、事件の真相へと至る伏線は巧妙に張り巡らされているのですが、上にも述べた通り、トラウマを抱えた主人公の主観においてすべてが語られていくため、現代本格のアレにまったく気がつかない構成が秀逸です。
事件の構図そのものも振り返ってみれば、複雑に見えて実はある人物の思惑を客観的にとらえることができれば非常にあからさまなかたちで読者の眼前におかれてはいるものの、とにかく煙に巻くためのガジェットの配置に阻まれ、それに気がつくことが難しい。幻想的な描写においても作者の本領はいかんなく発揮され、何となく読み進めているうち急転していく後半部は、主人公抜きで何が真相なのか妄想だったのかの判別が難しく、どうにもモヤモヤしてしまう結びも期待通り。
正統ではないものの、『葦と百合』の作者ならではの本格ミステリ愛に満ちた異形の一作として、作者のミステリを偏愛するファンであれば最高に愉しめる一冊といえるのではないでしょうか。オススメです。