揺籠のアディポクル / 市川憂人

傑作。作者の作品のなかでは一番のお気に入りとなりました。『マリア&漣』シリーズにも感じる青臭さをボーイ・ミーツ・ガールの物語へと巧みに昇華させた趣向に二重丸。さらには御大の提唱する二十一世紀本格にも通じる仕掛けと構成によって世界を一変させる魔術的構成もまた見事。タップリ堪能しました。

物語は、語り手の少年と少女の二人が入院している無菌病棟で、少女が殺される。大嵐が襲来し、外部からの立ち入りが絶対不可能となったその場所で、いったい誰が彼女を殺しえたのか、そしてその方法は? ――という話。

完全密室の無菌病棟のライフラインを含めたシステムについての説明も交えて、語り手のボーイと少女とのぎこちない交流が淡々と描かれる前半は、読み返してみれば伏線づくしだったりするのですが、それをまったく気取らせず、ボーイが思慕する少女の思いを前面に押し出した恋物語に擬態させた筆致が素晴らしい。

そして患者であるボーイの視点「のみ」に限定することで、無菌病棟に閉じ込めるほどに深刻な病の詳細についてはまったく描かれない違和感を払拭し、さらには件の病棟『クレイドル』については内部の構造のみを読者に開示して、肝心要の部分をあっさりと省略してみせた物語的結構が秀逸です。

殺人から語り手のボーイの調査・推理へと至る流れのなかで、この病棟の「正体」が判明するのですが、これもまた語り手の視点でのみ語られているところからさらに疑問は深まるばかりながら、あくまでこのボーイの意識が殺人のフーダニットとハウダニットに集中しているため、ここでもまた本作の仕掛けの大枠は見えてこない。

そしてついにボーイはある事実に辿り着くのですが、このある意味手垢のついたネタを抒情的なボーイ・ミーツ・ガールへと完全昇華させたところが本作一番の見所でしょうか。本格ミステリとして見れば、このネタはまた黒い水脈の某名作そのものながら、ここまで悲哀溢れる恋愛譚へと仕上げてみせた作者の力量にはおどろくばかり。

上には御大の二十一世紀本格にも通じる仕掛けと述べましたが、無菌病棟と菌・ウィルスという極めて今日的な題材を採りつつ、敢えて技術的なアプローチは明示しない戦略がこの仕掛けに効いているところに注目でしょうか。また少年と少女が罹っていると思しき病気の病態についても、中盤を過ぎてから徐々に明らかにしていくという構成が奏功して、二十一世紀本格的な物語的構造を見事に隠し仰せているところも素晴らしい。ここで御大の某作との比較も交えて、本作の二十一世紀的なアプローチについて詳しく語りたくなってしまうのですが、もろネタバレになりそうなので自重するとして、……個人的には乾くるの傑作『スリープ』と並ぶ二十一世紀本格の傑作と感じました。

作者の作品の中では――『神とさざなみの密室』は未読ですが――現時点での作者の最高傑作と言ってしまってもいい本作。ノンシリーズものなので、作者の作品ははじめてという方も安心して手に取ることができる逸品といえるのではないでしょうか。超オススメ。