蒼海館の殺人 / 阿津川辰海

凄すぎッ! ただ……正直に告白すると『紅蓮館の殺人』を未読のまま読み始めてしまったのをチと後悔。前作の体験を起因とする探偵の苦悩と、本作での鮮やかな復活劇という外連をタップリ堪能することはできなかったものの、現代本格必須のアレをモリモリにブチ込んだ構図の反転が素晴らしい傑作でした。

物語は、実家に引きこもりとなってしまった「探偵」に会いに行ったワトソン君たちが、水没する館で発生した連続殺人事件に巻き込まれてしまう。その容疑者は探偵じしんを含む”嘘つきの一族”全員とその来訪者で、――という話。水没確定で館に閉じ込められる以前から、銃で頭をフッ飛ばされて呪怨化した屍体や爆殺などド派手なコロシが発生し、犯人は誰だと容疑者捜しが始まるなか、学者だの弁護士だのエリートばかりという、くだんの”嘘つきの一族”がネチっこいロジックで、語り手のワトソン君を追いつめていくまでの横溝風味がまず秀逸。

ワトソン君がピンチになっても探偵がいまだに引きこもっている状況下、刻一刻と濁流がこの館に迫ってくる。そんなさなか、持ち前の探偵行為によってある子供の両親の居場所を突き止め、無事救助したことをきっかけにいよいよ探偵が本領を発揮、そこから壮大にして時計仕掛けのように緻密な犯人の企みを繙いていく後半部の展開も素晴らしい。

探偵は、自らその掌の上に乗って、犯人の描いた脚本通りに『ホームドラマ』の第一幕、第二幕を演じ、犯人の目論見の裏の裏の裏まで解き明かしていくシーンでも、各人それぞれの思いやわだかまりを解きほぐしていく探偵の推理がまた見事。

物語そのものは結構な長丁場で、横溝フウにエリート一族のドロッとした内幕を明かしていく前半の細部は適当に読み飛ばしてしまったのですが、本作の秀逸なところは、そんな読み方をしていても、後半部の『ホームドラマ』において伏線として回収されていく逸話のほぼすべてが存外にハッキリと記憶に残っているところでありまして、ささやかな違和感を残したシーンの描き方がとても巧み。それによって家族の内幕とその事実が明かされていく探偵と家族との「対話」において、伏線であった描写が鮮やかによみがえり、同時に驚きへと転じていく見せ方にも言うことなし。

さらに横溝フウの物語から犯人の壮大な企みが明かされる直前、語り手の口から明かされるある「事実」を紛れとし、探偵の推理と語り手の思惑との間に生じた奇妙な食い違いが、謎解きの過程で真犯人の柔軟にして精緻な企みへと収斂していく結構も凄まじい。

犯人側の描いた脚本通りに演じてみせないと、犯人を特定する推理のスタート地点に立つことが出来ないというほどに、犯人の仕掛けた現代本格のアレは精緻にして大胆で、予想外のアクシデントをも速効で計画のなかに取り込んでしまうという超絶なもの。そしてこの完璧に見えたアレを破綻させる唯一の綻びを語り手の立ち位置に絡めて、それを探偵の復活劇に重ねた語りがとてもイイ。アレの端緒から全体の構図そのもの、さらには探偵のロジックによる破綻にいたるまでの構成はもう完璧といっていいほどで、犯行方法を解き明かしていく行程そのものに、エリート一族の崩壊と結束に重ねて人間ドラマを描き出した趣向も期待以上の出来映えで、本格一辺倒のパズル小説とは一線を画した重厚ささえ感じさせます。そしてさらに犯人を特定したあとからさらにまたもう一幕を用意して、探偵vs犯人の見せ場で盛り上げる外連味溢れる展開は言うことなし。

アマゾンの紹介文には、「最高傑作!」、「新鋭の最高到達地点」といった派手派手しい惹句が踊っているのも納得の逸品で、現代本格のアレを事件の構図の中心に据えた作品としては現時点での最高峰といえるのではないでしょうか。超オススメ。