グロ耐性が試される一冊。死体解体、食人、脱糞、ゲロ、虫喰い――育ちのよいミステリマニアだったら悲鳴をあげてしまうような気持ちワルイシーンがテンコモリながら、その奇態を一皮剥いてみれば存外にマトモなロジックが展開されるという不可思議な作風で、このギャップが興味深い。
収録作は、失踪した探偵を探すうちに過去の事件の怨嗟へと巻き込まれていく男の悪夢「グルメ探偵が消えた」、AV撮影現場で発生したコロシに流行の異世界転生をブチこんで、ウンコとゲロまみれの様態からプーンと立ちのぼる異形の発想が気持ちイイ「げろがげり、げりがげろ」、オサレエリアのマンションに越してきた女が目撃した犯罪の意外な真相「隣の部屋の女」、大食い大会で発生した毒殺事件に鬼畜野郎どもが挑む「ちびまんとジャンボ」、幻覚剤でラリッた探偵どもの書き残した意味不明なノートから精緻なロジックを駆使して犯人を炙り出す傑作「ディティクティブ・オーバードーズ」の全五編。
ちょっと異色なのが「グルメ探偵が消えた」で、いかにも英語からの翻訳調っぽい文体によって描かれるハードボイルド物語ながら、語り手の恋人がアレだったり、過去の事件に関わる人物たちの背景や顛末などの、とにかく情報量が多すぎ(爆)。とあるクスリがどのように使われるのか、というところから事件の構図と結末がある程度予想されてしまうものながら、狂気のラスト・シーンはおぞましいの一言。
「げろがげり、げりがげろ」は、幕引きに平山夢明っぽい哀切さえ感じさせる秀作ながら、AV撮影現場で、主人公の異世界転生した先が、口と肛門が逆転した世界だった、――という、頭を抱えてしまう舞台装置がキモ。とはいえ、口と肛門云々という奇想に読者の目を惹きつけておきながら、その実、異世界転生におけるあるもののずれが事件の真相へと辿り着く鍵になっている見せ方が秀逸。
最後の「ディティクティブ・オーバードーズ」に通じる、比較から違和感と相違を見つけ出すロジックは、奇想まみれの舞台に比較して非常にオーソドックス。飛躍した論理を忌避して、むしろ複雑さで勝負した推理は、しかしながら読者の脳の働き具合が試されるゆえ、自分みたいにボケーッとした頭でミステリを愉しみたい人にとっては、程度の苦行が必要とされるところが、読者を選ぶカモしれません。ゲロと脱糞についつい目がいってしまうわけですが、それこそは作者の目論見ゆえ、ゆめゆめ騙されないよう。
「隣の部屋の女」も死体解体に食人など、グロシーンのオンパレードながら、事件のトリックそのものは昭和のミステリからよくあるもので、そこに新味はナッシングながら、やはりこのグロすぎるシーンの連打についつい騙されてしまう。ただ、グロを除けばミステリとしては非常にマトモです。
マトモといえば、「ちびまんとジャンボ」の毒殺トリックも、捨てられる仕掛けも含めて既視感もあるものながら、ゲロと虫についつい騙されてそうしたトリックを思いつけない。事件とトリックはノーマルながら、登場人物がこれすべて頭のネジの外れた平山夢明調のキ印ばかり。
やはり収録作でもっとも際だっているのは最後の「ディティクティブ・オーバードーズ」で、一癖も二癖もある探偵たちが集う館で、コロシをしてしまった犯人が、犯行を隠蔽するため、探偵たちに幻覚剤を仕込んでマトモな推理ができないようにする、――という奇想が二重丸。しかし本作が素晴らしいのは、そうして書かれた探偵たちの手記から幻覚をいくつかに分類して、それらを丹念に仕分けていくことで、犯人の仕込みを探り当てていくフーダニットの推理の見せ方でしょう。幻覚を現実へ変換していく行程は、御大の『ネジ式ザゼツキー』などを彷彿とさせ、さらには幻覚描写を比較しながらネチっこく論理を展開していくところでは読者の頭が試されます。
自分のようなボンクラには一読しただけではいささか判りにくく、何度もページを戻ってようやく「ああ、なるほどなあ」と納得することしきりで、ぱっと読んだだけでロジックの凄みが一発で了解できる『蒼海館の殺人』に比較すると、このあたりは読者を選ぶような気がします。とはいえロジックのキレよりは、ネチッこさを所望の方にはタマらないものがあるのではないでしょうか。このネチッこさと判りにくさ――これを書いていて、ふと思い出したのですが、天城一に似ているような気がします。
舞台装置こそグロにゲロでオエッ!となってしまうのですが、上にも述べた通り、そのロジックは優等生的で、奇想よりも端正さと細やかさで魅せる一冊ゆえ、「奇想」の早坂、「過剰」の阿津川に較べると、ミステリとしてはむしろオーソドックス。ただ相当のグロ耐性がないと読み通すのが難しい、という、端正なミステリを所望の優等生読者にオススメするには躊躇われるものの、ミステリとしては作者の過去作に比較するとかなりマトモです。グロいシーンはススッと読み流しつつ、後半で展開されるネチっこいロジックを堪能するのが吉、でしょう。取り扱い注意、ということで。