忌名の如き贄るもの / 三津田信三

傑作。いま気がついたのですが、アマゾンの紹介によると、本作は「人気声優、大原さやかさんに朗読していただいた書き下ろし短篇『忌名に纏わる話』をきっかけに生まれた物」とのこと。たしかに冒頭の、幽体離脱の体験など朗読に相応しい構成ながら、おそるべき真相が明かされたあとになって初めて気がつくこの体験談の真意など、長編ならではの技巧が光る逸品で堪能しました。

物語は、とあるド田舎で「忌名の儀礼」と呼ばれる儀式の最中に右眼を鋭利な凶器で刺されて殺害される事件が発生。この妙な儀式だけではなく、くだんの村には様々な伝えがあり、それが事件にも大きくかかわっているらしいのだが――という話。

第一章で長々と語られる「忌名の儀礼」そのものも相当ヘンなのですが、目から角が生えている異形や、首虫なる得体の知れないものや、白装束の異形など、事件と儀式に付随したものに明確な繋がりが見られず、その背景を知らないとてんでばらばらに配置されているような感じがするのが気持ち悪い。

目から角が生えている異形や、葬列に紛れて現れる忌中笠の何者かなど、「忌名の儀礼」で語られた怪異の存在が人間の所業であることが、村の名前の曰くとともに明かされていく展開は期待通りながら、探偵が解き明かしていくそうした伝承の謎の背後で、読者がまったく気にも留めていなかったあることがエピローグで開陳され、奇妙でありながら一応理路整然と決着していた事件の構図が一気に崩壊する構成が素晴らしいの一言。

個人的にはこの怪異が明かされる一つ前の真相も存外に気持ちよくまとまってい、その一方で「ありえないけど……ありえるかなあ」と“本当の”真相と思わせておきながら、それを遙かに凌駕する真相が、角目の正体とシンプルな殺害トリックとともに解き明かされるところは超吃驚。

そして最後の最期で怪異とともにぽつりと語られる一言が、冒頭の「忌名の儀礼」の背後で潜行していたある事実を明らかにするとともに、事件が起きる前から周到な仕掛けが用意されていたことを知ったときの衝撃も素晴らしい。このあたりの趣向が、名作『首無の如き祟るもの』と相似をなしているように感じたのは自分だけではないでしょう。

たしかに地味といえば地味なのですが、個人的には前半の、さまざまな怪異の、どうもしっくりこない、据わりの悪い感覚が怪談としての強度を増していて、本シリーズのなかではかなり好み。そして前半の淡々とした怪談語りにおいてすべての仕込みが完了していたことのおどろきが最後の怪異で明かされる外連など、「地味」の一言でまとめてしまうにはもったいない一作と感じました。本格ミステリの技巧としては『首無』と同じベクトルを持つ逸品にして、前半の怪談語りの気持ち悪さを堪能できるという、なかなかに美味しい一冊といえるのではないでしょうか。本シリーズのファンであれば文句なしにオススメです。