傑作。本作は、新人発掘プロジェクトKappa-Twoの第二期デビュー作とのこと。第一期でのデビューがあの大傑作『蒼海館の殺人』の作者である阿津川辰海ですから、これはもう期待しないわけにはいかない。密室殺人を扱ったまさに正調な本格ミステリでありながら、探偵とワトソン、そして犯人の関係性にも捻りを効かせた逸品で堪能しました。
物語は、山ン中にある新興宗教の施設を訳アリで訪れた女探偵が、密室状態の堂の中で発生したバラバラ死体に遭遇する。宗教の教祖ボーイから助手役を依頼された彼女は渋々受け入れるものの、やがて第二の密室殺人が発生し――という話。
二つの密室殺人事件が本作のキモではあるものの、それだけではありません。過去にもこの密室となったこの曰くアリの堂からテレポーテーションを果たした人物がいた、という逸話が、第一の密室殺人事件の巧みな誤導となっている趣向が素晴らしい。
後半で十四歳の教祖ボーイが二つの密室殺人の推理を披露して、犯人を指摘するも、ページを見るとまだまだタップリ残っているものだから、え? これでおしまいなノ? と油断していると、犯人と指摘された人物が自殺してしまう。ここからが真打ちの女探偵の登場となるのですが、彼女が真の推理を見せるまでの経緯と背景がその直前に明かされる見せ方がとてもいい。ここには探偵とワトソン、さらには探偵誕生の逸話が隠されてい、そこから真犯人との運命的な曰くが語られていく展開がスリリング。
さらに彼女の推理の途中で、犯人が恐るべき怜悧さを見せて探偵を惑乱させていくなか、ある人物が探偵の援護射撃に加わり、ついには真犯人を追いつめるも、最後の最期でまた奇蹟としかいいようのない奇妙な現象が発生する。そこから第一の殺人の本当のトリックが明かされるのですが、これがまた吃驚するぐらいシンプル。密室状態のバラバラ殺人と言えば、まず鮎川哲也のアレを想起して、そこからいくつかの可能性を排除していく、――という推理癖がついている自分からすると、思いも寄らぬところに隠されていた仕掛けにはただただ唖然。またここには上にも述べた過去のテレポーテーションという奇蹟が絶妙な誤導として働いているところにも要注目でしょうか。
二つの密室を解き明かす前にも、事件現場にはあまりにあからさまな手掛かりが置かれてい、作中でも登場人物がハッキリとそれを指摘しているのですが、それを偽の推理に利用しつつ、真打ちの推理でそれをひっくり返してみせるロジックも明快で判りやすい。
そして事件が終幕を迎えたあと、この凄惨な事件を経て、探偵と教祖ボーイがお互いの「生きる意味」を確かめ「心が繋が」ったことを通じ合う幕引きもとてもイイ。ここで、この物語が「探偵」の物語であると同時に、その裏では少年の成長譚として綴られていたことが判明する。これが同時に犯人の、自己完結した異様な動機の裏返しであることを示唆しているようにも感じたのは自分だけでしょうか。
密室殺人とそのトリックを前面に押し出した物語でありながら、「探偵」と「ワトソン」、そして「犯人」との対比や関係性を活写した作風は、ことしの作品だと『蒼海館の殺人』や『兇人邸の殺人』にも通じる現代本格の逸品で、この二作を読了して満足できた読者であれば、密室トリックだけではない、そちらの方でも大いに愉しめるのではないでしょうか。オススメです。