『伯爵令嬢の妖夢』の感想を書いていたら、本作について取り上げていないことに気がついたので、軽く再読。これも『伯爵令嬢』と同様、ずっと前に古本で購入してはいたものの、今回ROMANBOOKSの一冊として再刊されたのを機に電子本をもゲット。作者の短編としては『魔楽』『痺楽』などと並んで、相当に濃厚な変態趣向を愉しめる逸品です。
収録作は、ゲバルト女にホの字となった制服フェチの男がネクタールの愉悦に溺れる「耽溺」、絵描きのモデルとなっている少年の盗癖を見つけたばかりに同性愛へと堕ちていく男「暑い砂の孔雀」、風俗に勤めるカラテ女の恐るべき暗黒面を覗いたばかりに奈落落ちする男の末路を描いた「浴室の悪魔」、モノホンの酒池肉林を味わってみたいというひそかな願望を抱く男が導かれるままにマゾ犬堕ちする「肉林願望」。
臭い匂いフェチの変態男がシンガポールで体験した蠱惑のひととき「金蓮愛撫」、人妻の心を弄ぶジゴロ野郎が危うく地獄へと落ちかけた顛末語り「ハートのクイーンの優雅な渇き」、大学図書館の書架にうち捨てられていた本から生起する物語を見事なマジック・レアリズムへと昇華させた「腹を裂く話」、医学生とネクラ男に哲学女を交えた三角関係の非情「蜘蛛の愛撫」の全八編。
作者ならではの変態小説、という点で断然オススメしたいものというと、まずは表題作の「耽溺」で、警察官の制服にゾクゾクしてしまう、という密かな被支配欲とM心を持つ語り手の男がゲバルト女に惚れた挙げ句、ネクタールの恍惚体験を語る――という話。
作者ならではの変態にユーモアを絡めた作風も素晴らしく、特筆すべきシーンといえば、やはり海の見えるホテルの一室で行われる秘め事でしょう。とある事情でホテルの部屋にカンヅメにされてしまった二人。部屋を出ることもかなわず、いよいよ尿意の極まった彼女に対して、語り手が「しかたがない。あのコップにしたら。一杯になったら捨ててあげる。それを何回か繰り返したらいいだろう」と提案する。そしてついにゲバルト女は恥じらいながらも彼の眼の前で腰を屈め――とエロ小説であればかなりぐっとくる描写が、作者ならではのユーモアも交えた語り手の視点で描かれていきます。
その後、彼はゲバルト女に嫌われるのがイヤで、仕方なく彼女とデモに参加することになるのですが、その幕引きは男の妄想なのか、それとも現実の出来事なのか――。その描写に早見純の漫画を想起してしまったのは、自分だけではないでしょう。
前半の「暑い砂の孔雀」、「浴室の悪魔」、「肉林願望」はいずれも男が変態の愉楽に溺れて奈落へと堕ちていく物語なのですが、変態、という点で際だっているのが「肉林願望」。「酒池肉林」に憧れる主人公が乱交パーティーに参加するなど「肉林」の遍歴を経て、最期に辿り着いたある場所においてトンデモない仕打ちを受ける、――という話。肉林パーティーを終えた主人公の、射精後の空しさにも似た内心の描写がキラリと光る一編です。
「金蓮愛撫」もまた常人には理解しがたい変態を極めた物語で、汚いモノに興奮する主人公がシンガポールで体験した魔楽を綴った物語。シンガポールという土地ならではの熱気と鼻を突く臭い、さらには作者ならではのグルメ描写など、欲望と汚濁をないまぜにした後半の展開が凄まじい。男であれば多かれ少なかれ、女脚の美しさは認めるところではあろうけど、女脚の汚さをここまで蠱惑的に描いた物語はないのではないか、と唸ってしまいます。
「腹を裂く話」は「姫君を喰う話」に構成が似通っていて、重層的な語りに幻想小説かと見紛う趣向を凝らした一編です。図書館の書架にうち捨てられた本が見せる「物語」は幻想なのか、それとも――という余韻が凄惨な話に相反して心地よい。
個人的には、変態度が高い物語は高評価で、恋愛小説を基軸にしたものはそれほど……という感じではあるものの、「耽溺」に「酒池肉林」、「金蓮愛撫」の三編だけでも文句なしに買い、でしょう。『魔楽』などの「楽」シリーズ(?)を堪能した好事家には激推ししたい一冊といえるのではないでしょうか。オススメです。